かつての大賢人ゲドは、70歳になった。妻のテナー、醜いやけどの顔をもつ養女テハヌーとともに、故郷の島でひっそりと暮らすゲドのもとへ、ハンノキという壷直しのまじない師が訪れた。妻を亡くしたばかりのハンノキは悩みを打ち明ける。夜毎の夢で、死の国の境から手を伸ばしてしきりに何かを訴える妻に、ハンノキは言いしれぬ恐れを抱いていた。一方、テナーとテハヌーは、最近また暴れだした竜をなだめるため、レバンネン王に呼びだされてハブナーの王宮に赴く―。
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5巻では、ゲドについては、過去の偉業は伝説扱いです。次世代…レバンネン、テハヌー、そして新顔のトンボとハンノキ、ハイランドの王女は、かつてゲドがエレス=アクベらの伝説を辿りながら困難に立ち向かったように、ゲドらの伝説を辿りながら困難に立ち向かいます。ゲドの旅に次世代から見た意味付けをしていくのです。そのため、以前の巻を読んだ人には、あの場面にはこんな意味が!という謎解きの美味しさがあるでしょう。けれど、新しい読者には…ちょっと辛いと思います。既刊を読むことをお勧めします。余裕があったらハヤカワ文庫「伝説は永遠に3」に収められているゲド戦記外伝も。
もう一つは感想ですが: SF作家としてのル=グウィンの特徴というかキーワードは、「文化人類学(的)」と「フェミニズム」だと思います。そのことは、SF作家としての代表作である「闇の左手」を読んだことがある人には、わかってもらえると思います。しかしゲド戦記の最初の3巻、特に第1巻と第3巻は、前者の特徴は色濃く出ていますが、後者はあまり感じられない,非常に男性優位の世界です。個人的には前から,ル=グウィンという作家の全体像から見ると、最初の3巻のほうが,かなり特殊な世界だと感じていました。で,結局,彼女は歳をとってから,Tehanu(帰還),Tales from Earthsea,The Other Wind(アースシーの風)を書くことで,「主人公=魔法使い=男性」という世界を自分の手で解体することになってしまった。それを成熟ととるか,ファンの期待を裏切ったととるかは人それぞれでしょうが,一人の作家としての一貫性・完結性ということを考えると,いわば最初の3巻の世界を包みこむような形で,この本を含む後半の3巻が書かれたのは避けられないことであったと思います。
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