ファンにとっては、「待望久しい、新作」というより、「3部作で完結したはずなのに、4が出て、それはまあ意図は分からないでもない。でも、え、まだあったの? う、うれしい!」かな。
だもんで保証は出来ませんが、今度こそ本当に完結編でしょう。たぶん。
『帰還』の出来がいいと私は思いませんが、完結したはずの3部作がジェンダー・バイアスがかかっていると考えて、彼女がその修正として書いたのはわからないでもありません。3部作を読んでそれをフェミニズムで修正するとこうなるのよ、という、たたき台としての3部作って考え方をして・・・・。
私にとって、その続編が書かれてしまうのは、驚くことでもありません(そのためには、4と5の間にある「外伝」を先に訳した方が良かったと思うけど。なおその一部が『伝説は永遠に』(ハヤカワ文庫 FT 282)に載っているようです)。「本当」に完結するためには。
5では、ジェンダー+マイノリティへと視点は広がっています。
主要人物たちは、収まるところに収まり、帰るところに帰り、この先に『ゲド』的物語は存在しないように見えます。でも、そのためにまた、新しい人物を登場させなければならず、彼らとゲドやテナー、テハヌーとの関連を記さなければならずで、しかも『帰還』出版から11年、忘れている人物も多いので、読んだ印象では、なんだか物語が散乱しています。それはさっ引いても、完結のために、説明が多すぎ、物語は進まず、そのままラストに突入し、これがまた抽象的すぎて、だからまた説明に費やし、勝手に終わってしまいました。懐かしい言葉で言えば「宙づり」のママ。
この世界は「王国」ですから、その制度そのものにあらかじめジェンダー・バイアスがかかっていたのなら(3巻目まで)、その転覆は無理があるのかもしれません。「制度」を変えずに「個人」を描き変えるだけでは(だからそこにマイノリティへの視線が入ってくるのは必然なのですが)。「個人的なことは政治的なこと」なら。