昨年起きた秋葉原の無差別殺傷事件。あの事件の加害者についての論説をまとめた論集
『
アキハバラ発』に、本著の著者濱野智史も小論を寄稿している。そこで濱野が試みたのは、
事件前にあの青年が繰り返し書き込みをしたのが「なぜ2ちゃんではなかったのか?」という
論点から迫る独自性の強い文章で、他の青年犯罪論者や社会論者などの並べる見慣れた
仕事の中で、埋没することなくひたすら異彩を放っていた。
本書は、情報社会論を専門とし、さらに自らを「ネットオタク」と自称する著者のホームグラウ
ンドといえるであろうネット論。ちなみに『アキハバラ発』においての「デバイスから文脈を読み
取る」という方法は、本書のケータイ小説論に受け継がれていると言える。
「アーキテクチャ」というキーワードから、本書がレッシング『CODE』の影響下にあることは予
測できるだろうが、本著並びに著者の独自性はむしろタイトルで言うところの「生態系」の方に
こそある。進歩ではなく進化と繰り返し著者が論ずる通り、ネット文化は誰か一人の固有の
意思によって予め意図されていた通りに構築されていったわけではない。その機能の利便性
や内部コンテンツとのインタラクティブな影響のし合いによって、無限にある可能性の中から
偶然的に今の構造が選ばれたに過ぎない。生態系のその「繁殖過程」を、2ちゃんやニコ動、
Tuwitterなどを通して著者は明らかにしていく。
その「生態系」に対しての著者の語りは毒気がなく、異常なまでにネットを賛美するアメリカ帰り
の某氏や、未知なるものに対して過敏なまでの警戒心を持つ評者などのそれにはない客観性
があり、好感がもてる。ただ、分析に重きをおくあまり「ネットの未来像」という多くのネット論者
が触れるその人固有の「思想」と呼べる部分が省かれ、その点は少し淡泊すぎたか。
次の著作では、この人の「欲望」の部分をもっとみたい。