この本はアンネ・フランクその人のみならず、数代さかのぼった曾祖父母の時代のことから書かれており、アンネが誕生する以前からナチス・ドイツがユダヤ人に対する迫害を強め、フランク一家がドイツを離れざるを得なかったいきさつが手に取るようにわかる。
本の冒頭には、フランク、ホーレンダー両家の詳細な家系図が載っている。これをみると、強制収容所で命を落としたのはアンネたち母娘だけである。安全と思って移住したオランダがドイツに占領されてしまうとは、なんと運が悪かったのだろう。
逮捕されてヴェステルボルグ収容所に送られた以降のことはアンネの日記には書かれるべくもないので、初めて知ったことばかりであった。「死地への最終列車」の章では、アウシュヴィッツへ送られる牛馬運搬用の貨車のくだりは想像しただけでも身の毛がよだつ。満員列車の中で3日間立ちっぱなし、トイレも食事もなしで・・・でもこれはまだ始まりにすぎなかったのだ。
訳がまずいのは残念である。会話でもないのに「〜じゃない」という言い回しが頻発していて見苦しい。ベルゲン・ベルゼン収容所でアンネと級友ナニーが再会した場面では「ふたりは(中略)そんなに長くはおしゃべりできなかった」とか、アウシュヴィッツで頼りになる室長に出会えたオットーたちのことを「彼らはラッキーだった」とか。強制収容所での涙ながらの会話が「おしゃべり」とは何事か。訳者の日本語に対する感覚を疑う。