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最も参考になったカスタマーレビュー
2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
誰かのために涙を流すということ,
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レビュー対象商品: アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (1977年) (ハヤカワ文庫―SF) (文庫)
第3次世界大戦後、放射能灰に汚染された地球。そこでは生きている動物を所有することが地位の象徴となっていた。人工の羊しか持っていない賞金稼ぎリックは、「本物」の羊を手に入れるため、火星から逃亡してきた<奴隷>アンドロイド6体の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、命がけの狩りを始めた!・・・と、粗筋だけ書くと、何やら安っぽいアクションSFのようになってしまう。それが本作である。映画『ブレードランナー』の原作として有名な作品。相変わらずディック節が爆発していて、読みにくいことこの上ない(ディック作品の中ではマイルドな部類に属するが)。先行SFで使い古された陳腐な小道具。あまりにも嘘っぽく、作り物めいた作品世界。物語の論理的整合性を無視した、勝手気ままで強引な展開。話をまとめることを拒否するかのような、突き放した結末。だが、ディックにプロットの巧みさを求めるのは間違っている。 ディックの真骨頂はグロテスクな世界が生み出す不気味な迫力と、作品の思索性にあるのだ。「ディックの描く未来世界は我々自身の世界の歪んだ鏡像だ」と言われる所以である。 本作では外面では見分けのつかない人間とアンドロイドとの識別に感情移入度テストが用いられている。アンドロイドは他者の喜びや痛みに共感することできず、それゆえに残虐であり、自分の生存のためには仲間も平気で裏切る、と言われてきた。しかし感情移入度テストでは判別できないアンドロイドも出てきてしまう。 人間だと思ったらアンドロイドで、アンドロイドだと思ったら人間。そんな経験を続けるうちに、「人類社会の敵」として何の躊躇いもなく逃亡アンドロイドを殺戮してきた主人公リックは、次第に標的アンドロイドに同情し始め、重大な疑問に直面する。自分たち人間と彼らアンドロイドはどこが違うのか? 人間よりも人間らしいアンドロイドがいる。一方でアンドロイドのように無慈悲な人間もいる。アンドロイドであるというだけで、「社会への脅威」として虐殺することは果たして正しいことなのか? 自分の仕事は、この社会は何か間違っていないか? リックはアンドロイド狩りに疑念を持ち始め、あまつさえ自分に協力するアンドロイドを愛してしまうのだ。そんな葛藤の中、リックは…… ここに至っては、神の創造物として自然に生まれてきたか、人工物として造られたかは、本質的な問題ではなくなる。感情移入できれば人間、できなければアンドロイド。逆に言えば、人間して生まれてきたとしても、感情移入能力がない者は真の意味で「人間」とは言えないということである。真の対立軸は人間/アンドロイドではなく、人間性(親切=善)/アンドロイド性(冷酷=悪)なのだ。 ハインラインやアシモフの作品のような、「よくできたお話」が好きな人には向かないことは確かである。しかし、ぜひ避けずに読んでほしいと思う。それだけの価値がある本であることは間違いない。現実の不条理性と怪物性を縦糸に、人間性を横糸にして織りなす、思索の世界が待っている。 「ディックはSFをエレガントで苛酷な心理ゲームに変えた。そこでは、伝統的な倫理や伝統的な形而上学に疑いがさしはさまれる。そこではどんな行為も、果たしてそれが"実際に"起こったのか、果たしてそれが善なのか悪なのかを言いあてるのはむずかしい。ディックがわれわれに理解させようとするのは、こういうことだ。どんな出来事も、それが夢であれ、"現実"であれ、そこに関わりあうものに苦悩をもたらす――そして、苦悩のあるところには、同情がなくてはならない」――ロバート・スコールズ 「あなたがどんな姿をしていようと、あなたがどこの星で生まれようと、そんなことは関係ない。問題はあなたがどれほど親切であるかだ。この親切という特質が、わたしにとっては、われわれを岩や木切れや金属から区別しているものであり、それはわれわれがどんな姿になろうとも、どこへ行こうとも、どんなものになろうとも、永遠に変わらない」―フィリップ・K・ディック
5つ星のうち 4.0
ブレードランナーの原作であるが、かなり悩まされました,
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レビュー対象商品: アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (1977年) (ハヤカワ文庫―SF) (文庫)
なぜ羊なのか?レプリカントというものが、アンドロイドとして存在するが、人間としての感情を抑えようとする。主人公も悩む。当たり前と思っている世界が我々にとっては特殊な世界という設定を読者にさせ、主人公に対してそれは違うぞ、という風に叫び、レプリカントにはもっと感情を持てと応援する。そして、不思議な空間が来て、最後に悲しい状況を迎える。それは劇的に悲しいのではなく、おそらく悲しいことなのだろうということを思わせる。自分が主人公になり、また傍観者となる、気分的に忙しい小説でした。不思議な感覚になりました。
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