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アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫)
 
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アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫) [文庫]

ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ , 宇野 邦一
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (11件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

出版社 / 著者からの内容紹介

最初の訳から二十年目にして“新訳”で送るドゥルーズ=ガタリの歴史的名著。「器官なき身体」から、国家と資本主義をラディカルに批判しつつ、分裂分析へ向かう本書は、いまこそ読みなおされなければならない。

内容(「BOOK」データベースより)

マグマのような苛烈な文体によって、唯物論哲学を大胆に書き変えた名著の新訳。精神分析批判から資本主義と国家への根底的な批判へ向かい、そのための「分裂分析」をうち立てた革命的な思考はいまこそ「再発見」されなければならない。欲望機械/器官なき身体とともに、最も危険でカオティックな思考の実験がはじまる。

登録情報

  • 文庫: 416ページ
  • 出版社: 河出書房新社 (2006/10/5)
  • ISBN-10: 4309462804
  • ISBN-13: 978-4309462806
  • 発売日: 2006/10/5
  • 商品の寸法: 14.8 x 10.4 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (11件のカスタマーレビュー)
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72 人中、67人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By CARAX
形式:文庫
下の方に酷評が載っているが、言い過ぎだと思う。市倉訳のほうに、原著にはあったとさ
れるリズム感が欠けていたことは、ずっと前から指摘されてきた。その点宇野訳は、この
大著を、あたかも「一つの文学作品」として読み通せるようにしたという意味では、良訳
の部類に入ると思う。文章も「機械翻訳」という評言がどこから出てくるのかまったく不
明なほど、ひとつひとつの文も、段落ごとの内容も、日本語として十分意味が通っており、
解釈を加えずにここまで訳せるものではない。

「そっくり一文が抜け落ちている」のが事実だとしても一般の私たちには確認のしようも
ないのだが、反復文が極めて多いこの本では、通読して大意をつかむという読み方をした
場合、仮にそういう事実があったとしても、本の言わんとする方向が変わってしまうほど
重大な問題になるとは考えにくい。

今、文学作品としてはとか、大意をつかむという読み方ならと書いたけれど、まさにこの
本の良いところは、あの大著を、概要としては何を伝えようとしているか、とりあえず通
読してみる気にさせるところであり、そういう読み方をするなら、十分役に立つ。文庫本
というハンディな作りなので、少しずつ読めば、必ず最後まで読み通せるし、とにかく著
者たちが何に反対し、何を擁護し、どのような世界観を提示しようとしているのかという
軸の部分は十分つかめるはずだ。(ただし、上巻の注が下巻にある点は不便きわまりなく、
出版社に猛省を促したい)

この本は、長年、通読もされずに適当な引用をされたり、批判されたりしてきた歴史があ
る。宇野訳で、とりあえずその点が解消されたのは喜ばしい。術語については、哲学的に
厳密を期したい専門家や、どうしても納得のいかない箇所があった場合は、原著を読むか
市倉訳を必要に応じて参照すればよいと思う。この本の最大の功績は、とにかく「あの
『アンチ・オイディプス』が手軽に通読でき、概要がつかめるようになった」という点に
あるのだから。

こんな試みが可能なら、ついでに『千のプラトー』も文庫化すべきだと思う。
(下巻と同じ文章)
このレビューは参考になりましたか?
23 人中、20人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
他のレビュアーの方が、「本は使うモノ」と言っているのは、記号と事件―1972‐1990年の対話 (河出文庫)のp.21に書いてあることでしょう。

「一冊の本を読むには二通りの読み方がある。一つは本を箱のようなものと考え、箱だから内部があると思い込む立場、これだとどうしても本のシニフィエを追い求めることになる。・・・こうして注釈が行われ、解釈が加えられ、説明を求めて本についての本を書き、そんなことが際限なくつづけられるわけだ。
 もう一つの読み方では、本を小型の非意味機械と考える。そこで問題になるのは『これは機械だろうか。機械ならどんな風に機能するのだろうか』と問うことだけだろう。読み手にとってどう機能するのか。もし機能しないならば、何も伝わってこないならば、別の本にとりかかればいい。・・・説明すべきことは何もないし、理解することも、解釈することもありはしない。電源に接続するような読み方だと考えていい。」

ドゥルーズが求めている読み方は、無論後者のほうにあるわけです。本書を「電気掃除機を使うように読め」というわけです(決して「ゲーム機を使うように」ではない)。

たしかにそれは正しい読み方であるし、宇野氏の翻訳方針は正しかったと思います。現に私は市倉訳では1章も読み終わらなかったのに、この訳で完読することができました。それも電車の中で。

家電を使うようにこの本を読んでほしいということは、逆にいえば「取扱説明書を読んだだけでわかったつもりになるな」という戒めでもあります。80年代、「ニューアカ」ブームの中でこの本がもてはやされたとき、ほとんどの人は取説(注釈書)を読んだ程度でこの本をわかった気になっていました。そのくせ本当はだれもわかっていなかったから、翻訳が出るまで10年以上かかってしまいました。市倉訳が出たときは快挙だと思ったものです。

しかし市倉訳は本当にわからなかった。氏はそもそもヘーゲルの専門家でした。だから本書を訳すのには不適当だったといいたくはありませんが、本書をアカデミズムに回収しようとする訳し方であったといわなければなりません。

日本も、ようやく最近になってドゥルーズ/ガタリを受け入れる素地が整ってきたといえるでしょう。宇野訳は整備された条件の一つです。書物も大学のアカデミズムも、みんな粉々になってインターネットの中に溶けてしまう、そんな時代を生きなければならない若い人には、ぜひ薦めるべき本です。まったく古びていません。
このレビューは参考になりましたか?
33 人中、26人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
強引に大別すれば、翻訳には二種類のものがある。

1)徹底的に解釈し、日本語として意味が通るようになるまで言葉を足してでもパラフレーズし、おまけに詳細な訳注や解説まで付けてしまう訳。

2)訳語の選択自体がすでに解釈であることは否めないとしても、可能な限り解釈しない、説明しないで、最終的な解釈を読者に委ねる訳。

私自身は訳者の解釈がひどく間違っていない限り、1)の方が好きだが、これはもちろん2)の典型。市倉訳の存在を前提にし、市倉訳にパラサイト(寄生)しているような変な訳だが、原文のリズムに忠実という看板に偽りはないし、市倉訳が絶版にならない限り、第二の選択としてこれもあっていいんじゃないかな。

当面の敵である精神分析は滅びたが、資本主義は滅びる気配もない現在、さすがに分裂症(統合失調症)そのものを称揚する人はいないが、その原因物質であるドーパミンの効用は盛んに説かれる現在、原著の革命思想がどこまで有効かについては様々な議論があっていいが、見かけよりは遥かに真面目な意図を持って訳された本だと思う。
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投稿日: 2009/11/24 投稿者: 古本 よみた屋
市倉訳との比較について
あくまでも個人的な感想ですが、やはり市倉訳の方がわかりやすいと思います。宇野訳は、もしかしたら、ドゥルーズ=ガタリの意図に忠実なのかもしれません。しかし、日本語と... 続きを読む
投稿日: 2008/1/20 投稿者: みっちー
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70年代末に市倉さんらと原典を読んで以来だから、やはり文庫本という気軽なかたちで久々にこの奇書を再読して感慨深いものがある。やはり面白いのだ。D&Gは滅茶苦茶やっ... 続きを読む
投稿日: 2007/4/17 投稿者: アマゾネス
進むしかない
私も原注が下巻に集められていることはよくないと思う。文庫本は持ち歩いて読むのであり、結局二冊持ち歩くことになる。文庫本の便利さを損なっている。... 続きを読む
投稿日: 2007/3/16 投稿者: inmotion
つかえます
訳注無しも良いです。
本は「使うモノ」だとD/Gも言っているし、使えることが第一です。... 続きを読む
投稿日: 2007/2/8 投稿者: いほ
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単行本で「脱土地化」とされていた単語が今度の文庫版で「脱領土化」となっただけでも、ほとんどのドゥルーズの著作が翻訳された現在では、だいぶ読みやすいのではないでしょ... 続きを読む
投稿日: 2006/12/9 投稿者: 本という物
驚くべき改悪
宇野邦一氏のアルトーの著作など普段から関心を寄せていた。その宇野氏がことあるごとに、あちこちでその邦訳を口さがなく非難してきた『アンチオイディプス』をとうとう自身... 続きを読む
投稿日: 2006/10/31 投稿者: Marienbad
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