私は、ソクーロフは最も男性を美しく撮る存命中の映像作家である、と思っている。
“Father & Son”は“マザー、サン”に続く3部作の2作目。 “肉体”と“別離”に関心が注がれる点は共通するが、大きく異なる趣で我々の前に現れる。
ファーストシーン。 柔らかな橙色の灯りの元、濃密なエロティシズムを放ちながら抱擁し合う男性の裸体。 それは悪夢に魘される息子を父が介抱する姿であった。 ソクーロフ独特の歪んだ映像の中で、完璧に均整の取れた二つの肉体は、甘美な夢を享受している様にも羊水の中で自閉している様にも見える。
それからチャイコフスキーの調べと共に、父と息子の緊密な日常が映し出される。 絡み付く視線、互いに対する気遣い。 他人の介入には嫉妬という感情さえ生じる。 二人の間に入る余地は無い。 息子のガールフレンドはそれを嘆き去ってゆく。 戦争の記憶や死別した妻の事が僅かに語られるが、何故二人がこれほど深く結び付いているのかは謎めいている。 二人は海を臨む居心地の好い屋根裏部屋に住み、隣の屋根や窓に渡した細い板を通って移動する。 その危うい浮遊感はこの父子関係の性質を象徴するかのようだ。 一貫してまろやかな光に包み奇妙に歪ませた映像は、ごく日常的な空や街並みや海の煌きを幻想風景に変質させ、この父子を取り巻く生温かい官能を雄弁に物語る。
父も息子もやがて別離が訪れる事は知っている。 が、それに怯え、離れられずにいる。 父と息子がそれぞれ見る夢もそれを暗示しながら、矢張謎めいている。
それまでの暖かい光からラストシーンの景色へ切り替わると、今までの出来事は、実はもういない父もしくは息子の記憶か夢だったのか、とも思えてきた。 父と息子の共有する、肉体の記憶。 それは何と甘く蘇るのだろう。 腕に胸に残る、生に満ちた肉体の官能を、この父子を通じて夢にみていたのだろうか。 ソクーロフは、我々は。