以前にレーザーディスクで出ていたものであるが、これは音楽ファンならば持っていても決して損のない二十世紀の宝物。まさかこれほどのものが観れるとは、と誰もが唸る「奇跡の記録」。言うまでもなくトスカニーニは、フルトヴェングラー、クナッパーツブッシュたちと並んで、二十世紀クラシック音楽界における神話的な存在であるが、残された録音の条件が圧倒的に悪く、正当に評価されたとは言いがたい。それはもちろん、録音の音質の問題にとどまらない。存命中の熱狂的に高い評価は、手放しの賞賛につながり、その芸術の在り方をきちんと考える作業の妨げになり、無責任な批判、賞賛の渦に巻き込まれ、一種の極端なカリカチュアとして聴かれない巨匠になってしまったように思われる。このDVDコレクションは、トスカニーニの芸術の凄みをひしひしと感じさせ、生前の圧倒的な高い評価の根拠を納得させてくれるに足るもの。ともかくものすごい集中力、白熱した演奏というのは以前から知られていたものであるが、繊細な表現力、見事なコントロール、はっとするほど美しいフレージングなど、繰り返し見ても発見が多い。曲目もヴェルディの「アイーダ」(演奏会形式、全曲)、ベートーヴェンの第五、第九(それぞれ全曲)、ワーグナー(定評どおり、物凄い演奏)、ドビュッシー(ちょっと驚くすばらしい名演)など、盛りだくさん。ハーヴェイ・サックス氏の「トスカニーニの時代」(邦訳)の詳細で鋭い分析に満ちた、すばらしい第九の解説を読んでから観るもよし、先入観を捨てて虚心に観るもよし、とにかく音楽ファンには驚きの内容である。画質、音質は、時代相応、きちっと修正がなされているので、不快なことはない。