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著者にとっては、いまだ抹消されていない記憶こそが、人生そのものである。この切迫した心情が、少年時代や家族の歴史を色鮮やかによみがえらせる。それらの文章の間に、記憶や思考力が減退していく「今」の状況が書き込まれる。
しかし著者は病気に閉じこもってはいない。医学がどこまでアルツハイマーを解明しているか調べ、この病気への理解をうながすためにラジオに出演し、バネルディスカッションに参加する。
この本が単なる闘病記におわらず、読者を獲得しているのは、われわれの人生は過去の懐かしい記憶の総体のなかにある、ということを教えてくれるからだろう。最後の一行は妻への呼びかけで終る。「思い出と別れるのは本当に寂しく、恐ろしい。疲れたよ。ジョイス、抱きしめておくれ。そしてそのまま眠らせておくれ」。勝ち目のない闘いではあるが、この言葉を書きつけることができたことだけが、かすかな光明である。
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