本書を読んで、アルクトゥルスの教育システムがブッダの瞑想法と酷似していることに驚いた。
ブッダ釈尊は、『Anapanasati-Sutta』(漢訳は、安那般那念経=雑阿含経第29)によって、呼吸を利用した四念処瞑想を説いている。それは、(1)カーヤ=瞑想対象は身体と呼吸体(i.e. プラナー体)、(2) ウェダナー=瞑想対象は感情(i.e. 心形成力)、(3) チッタ=瞑想対象としての心、(4) ダンマ=瞑想対象は究極の智慧、という四段階からなる。各段階はさらに四ステップから構成されるが、具体的な実践方法は、『Mindfulness with Breathing』(Buddhadasa著)または『呼吸による気づきの教え』(井上ウィマラ著)に詳しい。
一方、アルクトゥルスの教育システムの「学びと集中」に関して、アシュアナは、“一つになって同時に作動されなければならない主要なからだが3つあります。それは、あなたの身体、メンタル体、感情体です。以前お話ししたように、私たちの感情体はコントロールが効きます。自分のマインドをより高い一体性の波動に合わせるように訓練することによって、そうしているのです。”(p.145)と述べている。順番を少し変えると、主要なからだである「身体、感情体、メンタル体」とは、ブッダ釈尊の「カーヤ、ウェダナー、チッタ」と完全に対応する。しかも、ブッダ釈尊は「カーヤ=身体+プラナー体」としており、第一段階の瞑想実践でプラナー体を意識できるようにすることが目標となっている。このプラナー体を、本書では液体の光(p.50)またはプラナ(Prana)と呼び、思考を促して客体化する流動体のような電磁エネルギー(p.121)と説明し、アルクトゥルスの言語システムに位置づけている。
通常の呼吸を用いる瞑想修行はプラナー体を除いた身体だけに長い時間を費やすものが多い。しかし、プラナー体に気づくことは、ウェダナーとチッタを同時に実践するために不可欠であり、その入門的な解説は『小説ブッダ』(ティク・ナット・ハン著)などが参考になる。
なお、私の指摘が正しいことは、次の言葉が証明してくれる。“純粋なかたちの呼吸や空気には、「液体の光」と進化のための燃料にアクセスできる基本的な方法が含まれているのです。”(p.214)および、“恐れや低い波動を伝えている魂がその束縛から自らを解放したいと願うなら、まず達成するべきことは呼吸法を変えることです。”(p.215)