「中東」と呼ばれる地域の国際関係は、とても複雑で、分かりづらい。
新聞で報道される国際関係のニュースでも、この「中東」地域については、正直に言って、全く理解できていなかった。
さて、本書は、2011年4月8日から6月24日まで、朝日カルチャーセンター新宿教室で行われた講座「今、中東の政治変動を考える-「政変」の底流に流れるものー」に基づく記録を書籍化したものである。
中東地域研究者である著者が、今、起こっているアラブ革命のリアルタイムの時事分析ではなく、今、アラブ世界で起こっている事態を、歴史的なタイムスパンの中でどのように見るべきなのか、という考え方を提示している本である。
その際に検討の視点となるのが、植民地遺制、ナショナリズム、戦争と平和、民主化、イスラーム運動、民族。宗教紛争という点である。
この中で、筆者が注目したのは、以下の点である。
「アラブ・ナショナリズム」は、19世紀中頃にキリスト教徒によって提唱されたアラビア語という言語と文化的伝統に基づいて「アラブ人であること(アラブ性=ウルーバ)」を強調する文化運動、また、アラブ人には、イスラーム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が含まれ、宗教・宗派の違いを乗り越えるために、言語という文化を重要とし、「言語ナショナリズム」として出発した。
アラビア語には、「ナショナリズム」という言葉自体が存在しないために、「カウミーヤ」と「ワタニーヤ」という2つの考え方に翻訳される。
「カウミーヤ」は、大きな集団の単位を想定したものであり、文化的な絆を強調するもので、我々はアラビア語という共通言語でつながっているという意識のことである。
これに対して、「ワタニーヤ」という考え方は、ワタン(祖国、生まれた場所)に基づく地縁的な絆を強調するような民族主義で、英語で言うパトリオティズム(愛郷心)に近い言葉である。
この2つのナショナリズムがアラブ世界では同時並行的に存在していて、「自分はエジプト人であると同時にアラブ人でもある。」という帰属意識の重層性がある。この重層性がアラブ世界あるいは中東地域を考えるときに分かりにくくしている。そして、さらに、この重層性の上に、「イスラーム」という宗教が加わってくると三重構造になり、いっそう混乱をきたすことが多い。
次に、イスラームの民主主義について、イスラームは原則として国民主権を認めない。イスラームにおいて、主権者・立法者は神のみである。これを「神の主権」と呼ぶ。イスラーム法(シャリーア)に忠実なイスラーム主義者は、国民主権に反対である、と考えられている。しかし、クルアーン(コーラン)に、協議や相談を意味する「シューラー」という考え方があり、これは、イスラーム的な決定システムで、それに従うのが義務とされている。したがって、このシューラーがより多くの人々の政治参加を保証しているとすれば、民主的ではないとは言えない。シューラーは、イスラーム民主主義の根拠と言えるのはないか。
さらに、もう1点注目した個所は、「アラブ・ナショナリズム」の章で触れられている、アメリカによるウサマ・ビン・ラーディンの殺害の歴史的な意味についてである。
日本では、新聞やテレビがひたすら「報復がある」危険性を前面に押し出す報道ばかりで、識者などに聞いても、最終的に「報復テロ」があるのだと言わせるためにインタビューしているようで、はじめに結論ありきの報道の仕方であった。
これに対して、30年から40年近くも、ずっとレバノンに住み続け、中東報道をし続け、過去にビン・ラーディンに3回もインタビューをしている、ロバート・フィスクというイギリスの新聞『インディペンデント』紙の記者は、「ビン・ラーディンは名前だけの存在であり、、つまりイコン(聖像)にすぎない。」と言い、聖像として掲げられているだけであり、実質的な力は持っていない、という。その証拠に、今回のデモの中でも、ビン・ラーディンやアル・カーイダの名は一言も出てこなかった。彼のやり方ではアメリカと手を組んだムバーラクやサウード王家の体制を結果的に倒すことができなかったために、アラブの人から見放され、フィスクは「その目標達成に失敗した一人の中年男にすぎない。」と辛辣な言い方をしている。そもそもアラブ世界では、アル・カイーダあるいはビン・ラーディンが時代遅れになってしまっている。
特に、本書で、著者は、中東地域の現状を考えるときには、歴史的な視点を重要視する。つまり、この地域の国家の成り立ちがそれぞれ異なっており、どこの国の植民地であったのか、また、第一次世界大戦までオスマン帝国の支配下であったのか、等の区別が分かれば、現状を理解できる、というのである。欧米の研究者も「オットマン・レガシー(オスマン朝の遺産)」という要因を重要視している、という。
本書は、筆者のように、「中東」の国際関係、19世紀から現代まで続く歴史的な経緯などについてほとんど知識がない者にとって極めて基本的で、有益な知識を提供してくれている。
本書は、「中東」地域の政治体制の動きを理解するためのとっておきの入門書と言えるだろう。