本書はタイトルから受ける印象と異なり、気鋭の中東専門家池内 恵氏の論説・エッセイ集である。まとまってはいないが、中東問題に興味を持つ人間にとって、多くの新鮮な情報が含まれており、イラク支援について拝聴すべき主張もある。しかし東海大学文学部の春田晴郎氏がホームページ上で指摘されたことだが、『最大の問題点は、第2章(とくにpp.56-65)や第5章(とくに、pp.197-204, 210-215)において、「日本のアラブ研究者・イスラーム研究者」が強烈に批判されるにもかかわらず、その批判の対象の典拠がほぼまったく記されていないことであろう。』 典拠らしきものが示されているのは日本の指導的研究者であった板垣雄三氏ぐらいである。さて、その非難は妥当かというと、引用された板垣氏の言説は「陰謀説」以外の読み方もできるので、判断はつかない。非常に問題と思われるのが、板垣氏の「反ユダヤ的」言説を紹介する文献が、デイヴィッド・グッドマン,宮沢 正典著『ユダヤ人陰謀説―日本の中の反ユダヤと親ユダヤ』であることである。この本は、差別問題を扱っているにもかかわらず、全編アラブ人への偏見に満ちたジョーン・ピータース著『ユダヤ人は有史以来』をイスラエル理解の良書として推奨する極端なイスラエル支持の本である。(米国の狂信的なイスラエル支持者のバイブル『ユダヤ人は有史以来』は、「パレスチナ人とはユダヤ人のパレスチナ開発につられて周囲から移民してきたアラブ人である」と主張したが、トンデモ本という評価が確定している。)『ユダヤ人陰謀説』にはシオニズム批判を反ユダヤ主義とみなすトンデモな部分がある。板垣氏が反ユダヤ主義者であると主張する根拠は、板垣氏の反シオニズムの言説・活動である。極端なイスラエル支持者達による極端な主張を元に、板垣氏を反ユダヤ主義者のごとく紹介するのは、専門家としては到底褒められたことでは無い。