今日とは違い、70年代から80年代にかけてのアメリカ映画において、続編で前作を凌駕する出来映えの作品は殆ど記憶がない。これは、1.大ヒットするような面白い作品の続編を作る際、観客の期待に応えられるクオリティの高さを保つのが難しい。 2.同じ監督に演出を委ねたくても、それほど面白い映画を作れる才能豊かな監督は、自己の創造意欲を欠如させる様な安直な続編作りには当時は消極的であった。 3.その結果、殆ど無名な新人か手慣れた職人監督が起用され、一作目と比べるのが酷な凡庸な続編が誕生する。 との考え方からだが、果たして、今作も、その三段論法の呪縛にかかってしまった作品である。何と言っても、あの不朽の名作の続編である。人生の分岐点である18才の卒業間近の若者たちの、一瞬のときめきと過信と動揺と不安と切なさと哀しさを見事に描き、あの有名なラストでは、その後の主人公たちの将来を残酷にもメモリアムとして紹介し、映画としては見事に完結した筈の作品を、今更どうしようとするのかと当時は思った。後に名画座にて観た時は、都会へ出て作家として成功したカート以外の主人公たちの、結末が分かっているその“厳しい人生”を優しく描いていてそれなりに好感が持てる作品との印象を持ったが。それにしても、今作に出演していた俳優たちの人生にも様々なドラマがあった。端役ながら、その後スーパースターに登りつめたハリソン・フォード、オスカー俳優になったリチャード・ドレイファス、今や“名監督”のロン・ハワードと言った勝ち組。J・ディーンの再来と言われながら、パッとしなかったポール・ル・マット、こちらもブレークしずまいのキャンディ・クラーク、シンディ・ウイリアムス。そして、名脇役として活躍しながら、若くして逝ってしまったチャーリー・M・スミス、、、。映画の残酷なラストが実人生と重なるようで切なくなる。
(お詫び)4年前、同上レビューを書き込みましたが、チャーリー・M・スミス氏は、今も御在命で御活躍中でした。当方の勘違い、軽率でした。ここに、お詫び申し上げます。(2010.8.24)