本書が出版された1991年は、ちょうど湾岸戦争とソ連の崩壊の時期に重なる。
本書は、そうした状況のなか、580万人(当時)の在米ユダヤ人の動向を、かれらの心情を交えて、
具体的に描き出している。
全7章および追加の一章という構成だが、その中心は3・4章と5・6章である。
ソ連系ユダヤ人のイスラエルへの大量移住の問題が取り上げられている第3章は、
当時のソ連国内の状況(ペレストロイカなど)を反映している。
現在もつづくイスラエルの占領地への入植問題が気になるところだ。
在米ユダヤ人の動向が米政府の中東政策を左右していることは、2001年の9・11テロ以降も同様だが、
第5・6章は、それを強力に推進しているイスラエル・ロビーの実態を明らかにしている。
その中で、イスラエルに批判的な議員に対するかれらの容赦のない執拗な追い落としの実態が報告されているが、
その脅迫まがいの手口にはさすがに眉をしかめる。
だがユダヤ人のそうした過敏な反応には、国家を喪失し、度重なる迫害と差別にさらされてきた民族の、
潜在的な恐怖心とルサンチマンが影響しているにちがいない。
イスラエルという存在は、そうしたユダヤ人にとって絶対に譲ることの出来ない究極の拠り所なのだろう。
しかし在米ユダヤ人がけっして一枚岩ではなく、パレスチナを支援する勇気ある一群のユダヤ人もいることが
第2章で紹介されている。
ただ湾岸戦争時、パレスチナがイラクを支持したことが、それまでパレスチナに同情的だった
一部のユダヤ人の対パレスチナ意識に暗い影を落としていることが追記されているのは、
当時の状況を如実に反映した結果だろう。
フセイン亡き後の現在、その意識がどう変化しているのか、これまた気になるところだ。