らも先生。
お元気ですか。そちらでも、いろいろな嗜好品をかっくらっていますか。それとも、「憂き世」でないから、もう必要ないのかもしれませんね。
私は○○○と、○ー○ーと、○いものがまだやめられません。○ー○は今のところやめています。これが一番人間失格になってしまうので、なんとかがまんしています。
らも先生の最高傑作は、「アマニタ・パンセリナ」だと信じています。小説や落語のほうは私には面白くありませんでした。ごめんなさい。
特にすばらしいのは、なんといっても先生が身を削ってボロボロになりながら記された、「ブロン断ち」のくだりです。こんなにすばらしいエッセイは、ほかにはありません。
ブロン中であることを人目に隠しながら、ブロンを求めて薬局から薬局へさまよっていたらも先生。ああ、よーくわかります。何かを隠しながら、それをしないではいられない、うしろめたーいその行動の逐一。私とて、○○○がやめられないばっかりに、対人関係も、行動範囲も、時間の使い方さえ、○○○優先にならざるを得ないにもかかわらずおいそれと悟られてはならじと人目を避けている。
生涯、さまざまな依存症に苦しみつきあい続けたらも先生。あなたが立派なのは、誰のせいにもしなかったこと。そう、依存症の人間は、誰のせいにもしてはいけない。それでなければ、「コレがやめられなくて悪いか!」と胸を張ることなどできません。
「必要なのは、研究ではなくて、受容と同化」名言である。らも先生にして、はじめて言いえた金言だ。まだ「憂き世」は続きます、らも先生。