出版当初の2月、書店で平積みになるこの本をぱっと見たとき、あの
『バカの壁』とまったく同じ新潮新書のカバーに踊る『アホの壁』の文字に不覚にも吹き出してしまい、次いで手に取りめくった裏表紙の筒井康隆の著者近影のどう考えても人を小バカにしたようなすまし顔に、もう一度吹き出してしまった。
本書は日本文学界の巨星でありかつ異端であるあの筒井が、人間はなぜアホなのか、その存在の中枢を陣取る大いなる謎を探求する初の新書である。著者自身の身に起きた「アホ」なエピソードや、知人の話、文学史上、歴史上の「アホ」な出来事も例題にして、考えを深めていくエッセイだ。
ただ序章で明かしているが、本書はその「アホ」の探求に多分に精神分析の知見を援用していることがわかる。なぜ人はアホな言動、アホな喧嘩やアホな計画を立て、あげくにはアホな戦争をおっぱじめてしまうのか。本書がそこに、人が自分でも知らない「もう一人の自分」の存在を見いだす。本来人は、自分はアホなことをして他人から罰せられたりしたいはずがないと信じているが、意識の奥底の方で実はそれを「望んでいる」。自分でも気づかない自罰欲求の発露が、それら「アホ」として表出されるというのだ。このことについて、フロイト読者ならお馴染みのあの「失錯行為」や、エロスと不可分な関係にある「死への欲求」であるタナトスなどの概念を用いて解説される。
ということで、この本は実はフロイトの『精神分析入門』の入門にもなっていて、その手の世界にまだ触れたことない読者が手軽に手にとれ、笑えて楽しいエッセイ集だといえる。