「アフリカって遠い」「興味はあるけどよく分からない」
サッカーW杯南アフリカ大会の開催で、日本でも一気に注目を集めたアフリカだが、それでも多くの人はこのようなイメージを抱いているのではないだろうか。本書は、そういった読者に、アフリカについて学ぶための第一歩を提供することを目的として書かれた入門書である。本書の最も大きな特徴は、学術書、ルポ、インターネットなど、アフリカについて知るための媒体は数多ある中、それら現行の媒体が持つ欠点を明確に意識した上で、読者が腰を据えてアフリカに向き合うための架け橋となることを目指している点にある。アフリカに関する学術書は初学者には専門性が高すぎることが多い。また、ルポータジュの類いはある一つの事象のみに焦点を当てていることが多く内容の一般性に乏しい(例えば、紛争について書かれた本を読めば、「アフリカ=紛争」と思ってしまうかもしれない)。また、インターネットの情報は往々にして断片的で、時に信憑性に欠ける。だから、なにかきっかけがあってアフリカに興味を持っても、それが体系的ないし継続的な学びに結びつきにくい。さらには、冒頭のような読者側の意識、言うなれば「ステレオタイプ」もあって、アフリカの学びに足を踏み入れるのには勇気が必要になってしまう。このような状況を踏まえた上で、本書は多くの工夫をしている。
まず、構成に着目してみよう。本書の構成は三部構成となっており、第1部でアフリカに関する問題群、第2部でアフリカと日本の関わり、第3部でアフリカの現地に赴く日本人の実例を紹介している。筆者自身が述べているように、第1部でまず問題群を提起し、しかもそこに紙幅の大半を割くことは、読者側のステレオタイプを助長する可能性もあり、一つの挑戦である。しかし、それでもこの形を採るのは、アフリカと日本、そして、世界は互いにつながり合い、干渉し、影響を与えて合っているという事実を認識して、そして、そこに存在する問題群に向き合わないことには、アフリカを理解することは出来ないからである。それは、読者が見ようとするアフリカの「今」もそういった問題群によって影響を受け、そして、その問題群は日本にいる我々とも密接に繋がっているためである。ここでは、第1部前のWarming Up、そして第1部の概論が読者をそのような理解へ近づける役割を果たしており、その上で読者を各問題の中枢へと導いている。
しかし、第1部でアフリカの抱える多くの問題群と対峙した読者は、やはり「一歩引いて」しまうかも知れない。一部で国家が「私有化」され、飢餓人口が増え続けているという状況はおそらく、現実のものとして想像しづらい。第2部はそのような読者を再びアフリカに引き寄せる。ここでは、日本とアフリカの関係について様々な側面から紹介しており、アフリカと日本の近さや親しみを呼び起こす内容になっている。中でも第1章の歴史は非常に興味深い。商社マンや外交官がアフリカに足を踏み入れる以前に、「からゆきさん」と呼ばれる人々が戦前からアフリカに定住していたことは、多くの読者にとって思いがけない事実であろう。
第3部はアフリカの学びの究極形、現地に赴くことについて紹介している。多くの事例と語りがアフリカに行ってみようという好奇心をかき立て、また、実際に赴く上でも有益な情報を提示している。
アフリカについて学ぶ上での本質(学問的な内容だから本質なのではなく、上にも述べたように「問題に向き合うこと」がアフリカ理解に欠かせないという意味での「本質」)を先に提示した上で、アフリカと日本の近さを提示して読者を引きつけ、そして、実際にアフリカに足を踏み入れるという学びを実例とともに示す。本書について筆者自身は「カタログ」と称しているが、他方で書物としての一つの流れに沿って読める構成にもなっていると言える。また、各章のはじめにその章のねらいと構成が明記されていることやレベル別の参考図書が列挙されていることも、読者の理解と後学を促進する役割を果たしている。
では、内容についてはどうだろうか。全体を通して言えるのは、質の高さと多様性である。学術的な部分において各学問分野の第一人者が執筆を担当していることは勿論のこと、アフリカからの留学生や日本のジャーナリストなど様々な立場の人の声を載せることで、「お堅い」学術書に終わらないバランス感覚が確保されている。また、第1部で扱われる分野は、歴史、貧困・開発、紛争、食料安全保障、教育、保健・環境衛生、ジェンダー、文化と多岐に渡っている。そして、第2部では「からゆきさん」からNGO、アフリカ料理まで、また、第3部では、留学生やマサイの花嫁など様々な事例が紹介され、本当にバラエティーに富んでいる。このような内容の多様性は、本書の「学びのカタログ」としての有効性を高めているだけでなく、アフリカ自体の多様性を伝えることにも役立っていると言えよう。そして、多様性を理解することが(学びの妨げになりうる)ステレオタイプを打ち破ることに繋がるのは言うまでもない。
また、類書にはない、本書独自の試みも見受けられる。まず、執筆者担当者紹介が非常に詳細である。各章のはじめには各人の写真とアフリカ研究に至った経緯が載せられており、ある程度専門的な内容にも親しみを持って臨むことできるようになっている。また、日本在住のアフリカ出身者のコラムも随所に掲載されており、彼らが綴るエピソードに親近感が湧くと同時に、「アフリカ」「日本」「社会」といった言葉の意味について考え直すための示唆を与えてくれる。さらにアフリカに関する情報も資料として多数掲載されている。アフリカ54カ国の国別データのような基礎的なものに始まり、世界遺産一覧から資源埋蔵量まで、様々なデータとともに、アフリカに関する情報を得られるウェブサイトなども紹介されている。特に、日本でアフリカについて学べる教育機関や、アフリカへの留学についての体系的な情報は本書以外にはないであろう。
ここまで概観したように、本書には「入門書」「学びのカタログ」としての役割を果たすための工夫が随所に盛り込まれている。しかし、読み通してみるとただの「カタログ」にとどまらない、本書に通底する思いも感じ取れる。私が最も強く感じたのは、ひとつには「アフリカ、日本、そして、世界は密接に繋がっていること」、もうひとつには「アフリカは多様であること」である。本書からは、歴史的にも、今現在においても日本とアフリカは無関係ではないことや世界とアフリカの状況は相互に影響を与え合っていることが良く分かる。つまり、アフリカについて考えることは、翻って世界について、日本について考えることと同義である。そして、本書に登場する、アフリカに向き合う人々からはそのような意識がひしひしと伝わってくるのである。また、第1部第5章での地域的共同による食料安全保障へのアプローチや同6章の教育開発は個々の社会的状況を踏まえた上でなされるべきとの考えなどからは、アフリカは多様であるという前提が読み取れる。これは、一般のイメージ(「アフリカ=貧困」のイメージはやはり根強い)から援助政策(例えば、構造調整政策は個々の国の経済発展の成熟度を勘案せずに、「開放経済=成長」というテーゼのもとにほとんど紋切り型の改革が行われた)に至るまで、なにかと極端に一般化・概念化されてきたアフリカについて、その反省の念が反映されているのかもしれない。
しかし、よくよく考えてみるとこうした一般化の作用はなにもアフリカだけに限った話ではない。我々は何かを見るとき、常にこの一般化の色眼鏡を通している。そうしなければ、簡単には理解できないからだ。だからこそ、本書が示す多様で複雑な、ありのままのアフリカの姿、そしてそれを前提として真摯に向き合う人々の語りは、読者がそうした色眼鏡を外し、腰を据えて世界と向き合うのに役立つはずだ。冒頭に記したような意識が少しでも改善され、少しでも多くの人がアフリカについて関心を持ち、そして「アフリカ」を通じて「世界」を見つめ直すことのきっかけとなる。アフリカ学の入門である以上に、本書の神髄はそこにあると言えよう。