著者とアフガニスタンを結びつけたきっかけは福岡の山岳会の遠征隊への参加だった。その後人と人との自然な出会いの連続によって、活動と支援の輪が広がって「海外医療協力」という実を結んでいく。
91年湾岸戦争が勃発するや、欧米人の姿はペシャワールから忽然と消え、国連機関のプロジェクトも次々閉鎖、「アジア系の人を残留部隊にして」自分たちが我先に逃げる計画も普通に行われた。格調高いヒューマニズムも、援助哲学も、美しい業績報告とともにガラスの陳列棚からおどりでることはなかった。
あれほど巨費と労力を投入した「難民帰還・アフガニスタン復興」の鳴物入りの騒ぎは分解したが、著者らは存在は小さくとも、戦争中も、何事もなかったかのように診療活動を続け、ほとんどの難民診療機関が閉鎖したので、著者らの診療所に病人が押しかけ多忙を極めたという。
真の国際協力とは何かを考える名著。