あまり語られていないことをひとつ。
この映画の主人公の名は「ウォーレン・シュミット」。「ネブラスカ州オマハ」という地方都市で保険会社の部長代理職を定年まで勤め上げ、66歳で退職した平凡な男の話だ。
ところで、「オマハのウォーレン」といえば、人類史上初、株取引だけで億万長者になった「ネブラスカ州オマハのウォーレン・バフェット」のことだ。バフェット氏は「フォーブズ」誌の世界ランキング常連、今年73歳のアメリカン・ヒーローだ。
それに比べて彼は、同じネブラスカ州オマハのウォーレンでも、世界的資産家「バフェット」になれなかった、どこにでもいるありふれた姓「シュミット」だ。映画ではバフェット氏のことは語られないけれども、「ほんとうは起業家になって、経済誌の表紙をかざりたかった」というシュミット氏のつぶやきと、その架空のイメージ映像も入っている。それにシュミット氏を演じるジャック・ニコルソンの丸い頭と鋭い眼つきは、もうひとりの「オマハのウォーレン」に、確かによく似ている。そんな「ネブラスカ州オマハのウォーレン」限定での「シュミット」と「バフェット」の無言の対比は、この映画の重要なモチーフなのだ。
シュミット氏が自らの定年パーティーをそっと抜け出して、バーのカウンターでひとり頼むカクテルはギムレット。私立探偵フィリップ・マーロウが好んだシンプルで粋なカクテルだ。いっぽう金持ちのウォーレン・バフェットが好きなのはコーク・ハイ。なんとも不粋な飲み物ではないか。どちらが幸福な人間なのかは、わたしにはわからない。けれども、ほんとうの孤独や無力感を嘗めるシュミット氏が、最後の最後に出逢うささやかな幸福がわたしは好きだ。彼を見つめる監督アレクサンダー・ペインの視線はやさしい。彼もまた、ふたりのウォーレンとおなじ、「ネブラスカ州オマハ」出身のふつうの男だからなのだろう。