基礎的な概説から、応用的な詳説までを豊富な図版を用いて解説する、歴史群像シリーズのひとつ。このシリーズはとても良く出来たムック本であり、特集に多少の偏りがありますが、私は外れのないものと信頼しています。そして、本誌もまた期待を裏切らない出来となっています。ヒトラーの人生を一通り眺めたあと、その背景となった歴史的条件へと続き、入門から応用の入り口まで、必要な知識を網羅しており、それぞれの分野を各専門家が執筆できる、ムック本としての良さを十全に発揮しています。一人の著者では伝記、社会、政治、経済、軍事と広範な内容をこれだけ漏れなく覆うことは困難でしょう。
本誌は同シリーズの中でも出色の出来であり、注目すべき記事を多く含んでいますが、中でもヒトラー・ナチスの持つ神秘的なイメージを解剖して、その被害者・加害者合作の神話の欺瞞性と真相を暴こうとする佐藤卓巳氏の稿、そしてナチス政権が一般大衆に与えた“夢”の具体例を指摘する原田一美氏、片や各種障害者から始まってユダヤ人、「人種的に望ましくない」人々への絶滅政策を系統立てて説く矢野久氏の各稿は、近代という世界の中で、ヒトラーとは何なのかを考える上で、非常に示唆に富んだ興味深い事実が書かれており、一読の価値在るものと思います。しかし、私が一番強く衝撃を受けたのは、ヒトラーの伝記部分の最後を担当した丸田淳一氏のそれで、ドイツの研究者の説を紹介しながら、よく言われがちな、ヒトラー狂人説を否定しようと試みる部分です。そこには常識を越えた「芸術家」ヒトラーの姿があり、自らの創ったドイツという作品が失敗と判れば、駄作に対峙する陶芸家のように轟然とそれを打ち壊そうとする。そんな人間を国家の頂点に据えてしまう。そんな芸術家的行動を許してしまう。そんな近代社会は何者なのか、改めて考え直さざるを得なくさせる見解でありました。