ヒトラーというと近親結婚がもたらした異常性格、本当はユダヤ人の血が流れているといった彼個人の突然変異的な存在だとみなされ、ナチス現象もヒトラー個人の責任だとする認識が一般的であるが、本書はそういう見方に意義を唱えている。反ユダヤ主義もドイツ人の東方進出もヒトラー出現以前から伝統的にドイツにあったものである。本書ではオーストリア時代にヒトラーが二人の著名な反ユダヤ主義者ルエガーとシェーネラーの思想の強い影響を受けていることを指摘している。ドイツに潜在している反ユダヤ主義と支配層の東方拡大思想をうまく結びつけ、大衆煽動に長けた「優等生」だったからこそ「独裁者」になり得たのだと主張している。事実、ガス室はナチスの発明ではなく、ドイツの精神病学会が精神病者の安楽死のために考案されたもので、それをナチスがユダヤ人などに「応用」したものである。独裁者とナチズムの出現は長年の歴史的背景があったことをいみじくも指摘している。