フランクフルト学派のキーパーソンの一人、アドルノ。
卓越した作曲の才をも併せ持っていたこのドイツの哲学者の、哲学、社会学、美学と、分野越境的に思考したその仕事とその痕跡を再現していく入門書。ドイツ語の原書の日本訳であるが、語の方は簡易で分かりやすい。
アドルノの哲学でまず問題になってくるのは否定弁証法である。
主観と客観、という二元論をいかに超克していくのか。アドルノは完全無欠の主体的な主観(あるいは理性)と、完全に従順な客観(あるいは事物)の関係、つまり単純な合理主義を認めない。あるのは、「主観の過剰」と「客観の優位」である。それこそが同一においてもなおそこに内包される「非同一性」である。彼のこの考えは、同時代に産声を上げたフロイトのメタ心理学的な精神分析の「無意識」の概念とも深く共鳴する。
「私の知らない<私>がいる」。この時代に、人間の主体性をつかさどる理性の独壇場は揺るぎ始めた、ともいえる。
二つの世界大戦に代表される科学技術の発展による自然の支配。それは主観(人類)による客観の(自然)の支配が完遂されたように見えるが、そうではない。アドルノによればそれは<自然のとりことなった自然支配>なのである。太古の歴史以降、人類は自然と縁を切り、それとの関係を<支配―従属>の関係に置き換えた。そうすることによって、人類は自然への恐怖を、いわば「紛らわせてきた」と、アドルノは強く批判する。
自由主義以降の世界で、個として人間がいかにか弱い存在であるか。それはエーリッヒ・フロムの仕事とも重なるが、個人の孤独と集団への埋没を暴き出した、孤高の哲学者の入門書。