イタリアの中世史家キアーラ・フルゴーニによる、アッシジのフランチェスコ伝。
日本ではフランチェスコというと、フランコ・ゼッフェレッリ監督による映画 『ブラザーサン・シスタームーン』で知られているが、この映画はフランチェスコの前半生しか描いていない。
訳者解説で触れられているが、リリアーナ・カヴァーニ監督による、ミッキー・ローク主演の映画 『フランチェスコ』は、中世史家フルゴーニが描いたフランチェスコにかなり近い、といっているのが目にとまった。
そこでこの本を通して読んでみたのだが、いままで 『ブラザーサン シスタームーン』 で頭の中に描いていたフランチェスコとは大いに異なるフランチェスコ像を初めて知ることができた。
・裕福な家庭の出身ながらすべてと訣別し、あらたな道に踏み出すことを決断した一人の青年
・人々の無理解と苦難を味わいながらも、自ら信じる道を切り開いていった人間
・世の中に認められ、弟子が増えていくにつれて直面した「組織」という問題に悩む青年
・いったん出来上がった組織は教団として制度化する方向へと動き出し、組織のもつ論理で存続発展しようとするために、そこに違和感を感じ、疎外感を感じ、最終的に居場所を見つけられなくなってしまうひとりの人間
・自分のいっていることが本当には理解されていないのではないか、という深い絶望の中に生きる一人の人間
・集団を離れ、山中にひきこもっての40日間の断食と瞑想、そして自らの肉体に受けた聖痕(stigma)という喜び
・肉体をもつ人間であるからこそ、人間存在につきまとう悩み、苦しみ、希望、絶望、といったもろもろが、普通の人間であるわれわれにも感じることができる・・・
フランチェスコは一歩踏み出した人である、種をまいた人である。だが決して成功者ではない、むしろ本人の自意識においては失敗者だったのだろう。
こういう意味で、リリアーナ・カヴァーニとキアーラ・フルゴーニという二人のイタリア人女性が、フランチェスコをきわめて近い視線で見ていることに気づく。
フランチェスコの生き方に感化されて、世俗の生活を捨てた聖女キアーラ(=聖女クララ)と同じ名前をもった歴史家フルゴーニは、フランチェスコに寄り添い、慈しみのまなざしで見守っている。
文献資料と図像研究をあわせた歴史記述は説得力がある。画家ジオットについても新しい見方を教えられた。
映画 『ブラザーサン・シスタームーン』でフランチェスコに興味をもった人はぜひ本書を読んでほしいと思う。
より深く、フランチェスコを理解できるようになると思う。