このアルバムはロック史上、いや、現代音楽史上に残る傑作アルバムである。ヴァン・モリソンのファンでそのことに異論を唱える人はいないだろうが、ただ、ヴァンのことを全く知らないリスナーがいきなりこのアルバムを聴いてもいまいちピンと来ないと思う。いきなり聴くにはちょっと敷居の高いアルバムだろう。
ここでのサウンドはジャズとフォークとアイリッシュを混ぜ合わせたような独特のもので、ヴァンの以降のアルバムのどれにも似ていないここでしか聴けない種類のものだ。また、ここでのヴァンは即興性というものに非常に強くこだわっており、バックのミュージシャンたちにもそれを求めた(何でも、ジャズ界の名うてのミュージシャンとして知られたここでのレコーディングメンバーたちは、ヴァンが何をやろうとしていたのか全くわからなかったそう。それでこれだけ一体化した緊密な音を作り上げたのは驚愕というしかない)。自らのボーカルでもそれを強く意識しており、特に「Cyprus Avenue」「Madame George」といったアルバムの中の代表曲でそれが顕著だ。ひとつの言葉を引き延ばしたり延々と繰り返したりするそのボーカルはこれが決まった形というものではなく、元々あった詩のイメージを核にしてその場でつくり上げられたような雰囲気がある。だから、再現するのが非常に難しいものであって、それがこんなふうに1枚のアルバムとして記録されたのは我々リスナーにとって僥倖であると言わねばならない。何というか、曲のアレンジというかそういうものを越えて即興でやったものをそのままレコーディングしているような趣なので、かっちりした音ではない(だから、そういうものが好きな人にはお薦めしない。また、最初に書いた敷居の高さというのもこのへんにある。一般の3分間のポップソングばかりを聴いてきた人にとっては、どこに軸を置いて聴いたらいいかわからなくなると思うからだ)。だが、このようにして本来ごく少数の者が聴けるはずの即興演奏をアルバムの形でまとめ上げたということは、レコード、レコーディングの本来の意味である「記録」という観点から見ると非常に貴重なものであるし、それだけではなくその即興が最高のものであったというのが素晴らしい。特に「Madame George」の後半の言葉が延々とフェードアウトしてゆくような感触は、ずっとこの音に身をゆだねていつまでも聴いていたいと思わせてくれる。
これ以降ヴァンは次作『Moondance』以降ストレートなR&B路線になり(それらもまた、別の意味で素晴らしいものではあるのだが)、Them時代を思い起こさせるような音づくりになってゆくのだが、その前に置かれたこのアルバムはその意味で非常に貴重な音を鳴らしている。おそらく一人のミュージシャンにとって生涯に一度きりしか作れないような種類のアルバムだ。