アジア・太平洋戦争に関する本や研究は、いまや多岐にわたり、様々な領域で多数の出版物が存在する。また、最近になって硫黄島の戦いが注目されるなど、先の戦争の範囲の細分化と奥行きの広がりはこれからも止むことはないだろう。各領域の本を詳細に通読してきた読者には、本書に不満が残るかもしれないが(新書にあまりに多くを期待するのは酷であるが)、特定領域の専門化した書でなく、もう一度全体を簡単にでも見渡したいという読者には、逆に貴重な書であるといえる。本書を通じて、新たに各自が興味をもった領域を他の本に探し求めることも、もちろんありだろう。
著者は、はじめに「戦争の想像力の衰弱」として、先の戦争を直接経験していない世代の増加による、戦争のリアルな「痛み」への不感症を危惧している。ましてや、戦争を扱う書であるとなおさら、「〜千人死亡、〜万人死亡」という膨大な数字を当たり前のように幾度も目にするので、「痛み」が薄れていく場合が多い。しかし、当然ではあるが、それは避けなければいけないことである。また戦争突入の大義名分がどうだったかであれ、(著者は「自衛戦争派」の主張にわかりやすく異議を示しているが)「日本が戦った戦争の最大の犠牲者が、アジアの民衆であったことは間違いない」という言葉を見過ごしてはいけない。
本書は資料と研究書を中心に、表や地図をのせて様々な視点からわかりやすく戦争の経緯を示し、きちんと語彙の説明を含めながらも淡々と総力戦の「自壊」を描いている。戦争末期の総力戦が、公への忠誠という建前を切り崩して、逆に民衆の間に私的エゴイズムの広がりをまねいたという指摘は興味深い。つまり、公の名の下に私を優先できた、矛盾した社会でもあったわけだ。
個人的には本書をひとまず、アジア・太平洋戦争を振り返るうえでのコンパクトな基本書として推したいと思う。