この本のカバーに「慟哭の恋愛小説」という紹介があります。確かに、物語のクライマックスは隆二と葉子の南仏ニースでの最後の愛の交換の話です。
しかし、この物語の中心はタイトルにもなっているアジアンタムに比されている「憂鬱」の問題でしょう。丸まりかけているアジアンタムに霧吹きの水をやり、生き返らせるというシーンが出てきます。それと同様に、人間にも「霧吹きの水」をやり、誇りを持たせてやらなければならないと言っています。その意味では、主人公隆二の「霧吹きの水」探しの物語とも言えるかも知れません。
いくつかのエピソードの中でも印象的なものの中に、A新聞(青)のコラムの話があります。それは永遠と無限の話です。限りが無いもの、解らないものに対する「不安」の話です。「死」もこの範疇に入るのでしょう。思春期において、このはっきりとしないものに対する「不安感」が、青少年を泥沼に引き込んでゆくというのです。結論の出ないことを考えないようになるのには、何らかの切っ掛けが必要になるのでしょう。
もう一つは、葉子の「水溜まり」の写真です。これも無限を「水溜まり」という枠の中に閉じこめてみることによって、精神的に救われるということでしょうか。そのために、「水溜まり」の写真ばかりの展覧会が評判を呼ぶと言うことでしょうか。