アガスティアの葉・・おれは、この葉のことを考えるたび
その真偽はさておき、人生を生きていくうえで、いったい人間の
自由意志とはどういうことなのか?・・ということを考えさせられる。
カルマにより仮に人生が決まっているのなら、時としておれ達人間に
降り注ぐ神の恩寵なる力もまた、カルマにより決まっているものなのか?
それに対する聖者と呼ばれる存在の回答は「否、神の恩寵は、カルマをも
超越するものだ・・」ということだそうです・・。しかし、結局、祈ったり瞑想したり
自他に対する怒りを許しに変え、否定的破壊的な思考感情を肯定的調和的な
それに意識的に方向づけようとする・・つまり聖者たちが、おれ達に普通に説く
所謂、道徳的行為なるものが、おれ達人間がその恩寵に浴するための唯一
可能な奇跡的行為なのではないだろうか・・そして、そんな奇跡と呼べる行為を
日々、真摯に実行しようと決意できるような人生を生きていられるとするのなら
いたずらに、この葉を読みに行く必要などないのではないか・・と、おれは感じました。