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筆者が、美術館員さんのためか、初心者にも、やさしく丁寧に説明してくれる本でした。専門用語もなく、読みやすい本でした。
とのこと。
既存のメソッドや方法論に頓着せず、作り手にしか理解できないモチベーションと手法で制作された、この本で紹介されている作品の多くは偏執的な細密さを有する。なによりも、その偏執的な拘りの部分に、圧倒される。
ただ、制作者自身にも「作品」とは認識されていない「作品」が、「作品」として世間一般に認識されるためには、その創作物をさして「これは立派な「作品」である」と太鼓判を押す鑑賞者の存在が必要となる。
例えば、個人的には「二笑亭」の紹介者として認識していた式場隆三郎が、「日本のゴッホ」として山下清の存在を強く世間にアピールした経緯については、日本でのアウトサーダー・アート認知の先駆として本書の中でもかなり詳細に説明されている。また、精神や知能的な障害を持つアウトサーダー・アートの制作者については、群然に鑑賞眼のある人物の眼に止まり、その価値が認められるまでは、家族や施設の職員の手によってゴミとして廃棄されるのが普通のようだ。
プロのアーチストが対等の立場でアウトサーダー・アートの制作者と付き合い、刺激を交換する、あるいは、共同で作品を公開したりプロデュースしたりする事例は増えている。
逆に、みずのき寮で絵画教育を実践し、その成果として、作品としては端正になったものの、アウトサーダー・アートとしての迫力が損なわれてしまった例などもあげ、それについては素直に違和感を記している。
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