本書は核戦争防止国際医師の会ドイツ支部長を務める1949年生まれの医学博士が1994年に刊行した本に、日本の論考を加えて翌年に刊行された本を新書本化したものである。本書によれば、第一にナチス親衛隊は強制収容所において約400万人を殺害したと推定され、そのうちアウシュヴィッツの2収容所では約120万人が殺されたと見られる。ただしホロコーストはこれ以外の場所での銃殺なども含み、一酸化炭素ガスやガス車両を用いる場合もあった。また、ヒトラーの命令書の有無にかかわらず、ナチ体制がユダヤ人絶滅を図ったことは、ナチ術語を踏まえれば史料で確認できる。第二に、アウシュヴィッツ収容所に関しては、ガス室の施工に携わった職人の作業日誌等の詳細な史料が残されている。その他、生存者やナチス党員の戦後の証言も大量殺戮を裏付ける。第三に、ホロコースト否定論者は極右と結託し、犠牲者数の統計操作、架空の証拠(赤十字・国連史料、ラホウト文書)の捏造、まやかしの合理的根拠(「科学的に不可能」)等の手段によって史実を否定し、一般人の動揺を狙っている。第四に、米国人エンジニア(学位なし)ロイヒターは、右翼の資金による杜撰な調査に基づき、米国の刑務所との安易な比較により、科学的にアウシュヴィッツでガス殺が可能な筈はないと主張したが、それは徹底的に論駁されている(鮨詰めにされた囚人の体温によるツィクロンBの気化、米独のガス量の差異、密閉型ドアの注文書の存在、臭素抜きのガスの特注、女性の頭髪の青酸反応、地下水の排水など)。第五に、こうした「アウシュヴィッツの嘘」言説は1985年以降ドイツでは処罰の対象になったが、94年まで罰則が特に重いわけでもなく、また反戦運動の取締と同レベルで扱われる程度のものだった。第六に、マルコポーロ事件の発端となった西岡昌紀の論考は、上記の基本的事実を踏まえないものである。