本書の内容よりも先ず措いて言及して置かねばならないことがあります。それは、あまり根本的な誤りが原文には存在しているらしい、ということです。例えば107頁に原文では「その翌年」と在る所を「紀元前2年」と改めたと訳注にありますが、もし原文通り「その翌年」と解すなら、その指す時間は紀元2年となってしまい、まったく違ったものになってしまいます。4年の差は学問的な論争を巻き起こしかねない看過しかねる大きな誤差だと思うのですが、著者は平気で出版を許したのでしょうか。他にも単純な日付の誤りがあると訳者は指摘されています。これでは、この時代のローマを知るためにどれだけ本書を参考にしていいのか、という根本的な所にまで疑問符が付き、最早誤植の範囲を逸脱している様に思います。フランスの読者はこれでいいと思っておられるのでしょうか。それともたかだか啓蒙書と一段見下げられているのでしょうか。
管見では本書の骨子は、著者の専門分野である文学を主に、政権奪取から始まって、制度、美術、建築とこの時代相を俯瞰して行き、アウグストゥスが自らに神話を纏わせ、神性を帯びさせるのに如何にしたか、という考察である様に思います。確かに「アエネーイス」の物語がローマのヘレニズム支配を正当化し、ひいてはユリウス家の支配の正当性とその神性を擁護し、詩という形状からしてローマ中で読謡され暗誦されれば気づかれることの無いプロパガンダとなる、との文学作品への切り口はとても興味深いものです。しかし、紙幅の少なさか、全体に印象論が先行し、具体的な例が数句引かれるだけで結論が導かれており、それぞれの詩人・作家を詳しく知らない者にとってはひたすらに上滑りするだけで著者の言葉をただ受け入れるしか術が無い。訳者は研究者の書物と言われますが、私には研究者らしさなるものが味気無さでしか感じることができないのでありました。