出版社/著者からの内容紹介
1973年の初版以来、現代随一の聖典と絶賛され、読み継がれてきた
ニサルガダッタ・マハラジの対話録、本邦初訳!
ニサルガダッタ・マハラジの対話録、本邦初訳!
ラマナ・マハルシの「私は誰か?」に対する究極の答えがこの本にあります。
内容(「BOOK」データベースより)
ラマナ・マハルシの「私は誰か?」に対する究極の答えがここにある。1973年の初版以来、現代随一の聖典と絶賛され、読み継がれてきたニサルガダッタ・マハラジの対話録、本邦初訳。
内容(「MARC」データベースより)
20世紀インドが生んだ秘められた巨星、シュリー・ニサルガダッタ・マハラジの対話録。世界中の心理の探究者たちの間でバイブル的な地位を築いてきた書。マラティー語などで録音されたものを英訳した原書を日本語訳。
出版社からのコメント
私は在る。
そして私が在るゆえにすべては在る。
「私は誰か?」という質問に答えはない。
いかなる体験もそれに答えることはできない。
なぜなら、真我は体験を超えているからだ。
そして私が在るゆえにすべては在る。
「私は誰か?」という質問に答えはない。
いかなる体験もそれに答えることはできない。
なぜなら、真我は体験を超えているからだ。
シェリー・ニサルガダッタ・マハラジ
著者について
ニサルガダッタ・マハラジは、1087年、インドのマハーラーシュトラ州カンダルガオンという村で生まれ育った。正式な教育を受けることもなく、純真素朴な青少年期を送った彼は、その後ボンベイに移り住み、小さな雑貨屋を営みながら、ごく平凡に暮らしていた。
はじめてグルに出会ったとき、師は彼に言った。
「あなたはこれが自分であると見なしているものではない。あなたとは誰なのか、それを見いだしなさい。『私は在る』という感覚を見守りなさい。そしてあなたの真我(本来の自己)を見いだしなさい」。
グルの言葉をまったく疑うことなく誠実にその教えに従った彼は、わずか3年で真我を実現し、偉大な覚者となったのである。
はじめてグルに出会ったとき、師は彼に言った。
「あなたはこれが自分であると見なしているものではない。あなたとは誰なのか、それを見いだしなさい。『私は在る』という感覚を見守りなさい。そしてあなたの真我(本来の自己)を見いだしなさい」。
グルの言葉をまったく疑うことなく誠実にその教えに従った彼は、わずか3年で真我を実現し、偉大な覚者となったのである。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
フリードマン,モーリス
1900年、ポーランド生まれ。’30年代にインドに亡命。マイソールでエンジニアとして働きながら、マハートマ・ガンディー、ジャワハルラル・ネルー、J・クリシュナムルティ、ラマナ・マハルシと親交を結ぶ。’70年代はじめに、ニサルガダッタ・マハラジに出会う。『アイ・アム・ザット 私は在る』を通してマハラジを世界に広めた。’84年、インドにて逝去
福間 巌
1960年、萩市生まれ。1歳より東京、横浜。’74年より北鎌倉臨済宗円覚寺にて参禅。’79年、インドにてラマナ・マハルシの教えにであう。玉川学園大学英米文学部卒業後、米豪欧にてデザインの仕事に従事。長年インドに滞在し、多くの聖賢と出会う。ラマナ・マハルシ、プンジャジを師とする(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1900年、ポーランド生まれ。’30年代にインドに亡命。マイソールでエンジニアとして働きながら、マハートマ・ガンディー、ジャワハルラル・ネルー、J・クリシュナムルティ、ラマナ・マハルシと親交を結ぶ。’70年代はじめに、ニサルガダッタ・マハラジに出会う。『アイ・アム・ザット 私は在る』を通してマハラジを世界に広めた。’84年、インドにて逝去
福間 巌
1960年、萩市生まれ。1歳より東京、横浜。’74年より北鎌倉臨済宗円覚寺にて参禅。’79年、インドにてラマナ・マハルシの教えにであう。玉川学園大学英米文学部卒業後、米豪欧にてデザインの仕事に従事。長年インドに滞在し、多くの聖賢と出会う。ラマナ・マハルシ、プンジャジを師とする(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)