1つの映画で、誰か一人のすべてが分かる、というようなことはありえない。特に偉大な人物であればあるほど、一つのドキュメンタリーでその人生を網羅できるはずもない。ただ、この映画は「アイルトン・セナ」という、不世出の、伝説の、F1史上最高のレーシングドライバー、ひとりのブラジル人の、人生の一端に触れることができる貴重な映像だ。
当時の関係者に密着したインタビューに(同時代を共有できた者の一人として)泣けて仕方がなかった。運命の1994年5月1日に向けて、重ねられる映像と証言。セナを失ったことは認めがたい事実ではあるけれど、その悲劇に向けて一直線に収斂していくようなエピソードの数々。(例えば、1988年に当時の恋人だったシューシャがチャンピオンのお祝いと称し「新年の分」「1990年の分」「1991年の分」「1992年の分」「1993年の分」として何度も彼の顔にキスをし、1994年の分をしなかったこととか。)
この映画、プロストがすっかり悪役になっているのだが、そもそも悪い男だから仕方が無い(笑)
しかし、1989年当時の世論は意外とプロスト寄りだった事実はあまり知られていない。これを見ていると、アラン・プロストやFIA会長であったジャン・マリーバレストルとの確執など、もうどうでもよくなってきた。──セナが死の直前にプロストに与えた「赦し」──。人間の器が(志が)違うので、残された方が哀れな感じしかしない。セナが天に召された今となっては。
また映像特典の「インタビュー集」が素晴らしい(ロン・デニス、何ていいやつなんだ!)。セナに100回以上インタビューしたジャーナリストの言葉「彼の死を悼むことは──彼の偉大さに対する最高の敬意の表し方だ」。
唯一、このドキュメンタリーに不満があるとすれば、当時のホンダ関係者に対するインタビューがないこと。セナとホンダの結び付きほどブラジルと日本の絆を深めるものはない。──あ、もう一つあるな。──それはF1と同じ世界的スポーツのサッカーだ。そして、1994年のアメリカ・ワールドカップ。セレソンたちがセナに捧げた「4回目の優勝は、3回で断たれたセナの記録を偲ぶブラジル国民の誇りと哀悼の証だ。ああ、また涙が……。