どんなに確かだと思っている事も、ほんの小さなことで簡単に崩れてしまう。
当たり前だと思っていた事が、実はどこにも根拠がないものだったとわかった時、人は簡単に変われてしまう。
今までキューブリックの作品の多くは「正常」と「異常」の内包する所与性を、例を用いた形で暴露してきましたが、この作品は、日常性そのものをテーマに扱っています。
まず彼は、冒頭から品位を疑わせるシーンをいくつも私達に見せ付けてきます。
そして、社会や家庭のあらゆる場面で前提となっている「信頼」というものは、いかに危ういものかという事を前場で明確にします。
後半に入って、乱交シーンや少女の売春や隣人の肉欲の告白など、常軌を逸した場面が一気に流れていくのを観ているうちに、私達があたりまえと思っていたマナーやタブーは、簡単に覆されてしまうのだということを知ります。
そうして日常のあたりまえのことが簡単に次々と崩れていくのを観るうちに、最終的には、それらのエキセントリックなシーンはそもそもどうして常軌を逸していると思ったのかという、根本的な疑問符として浮かび上がります。
そうやって社会の中心ルールーとして流通して、守られようとしていながらも、簡単に崩れる日常のどこに所与性があるのかという強烈な問いかけが明らかになった時点で、映画は急に文字通り「アイズ・ワイド・シャット」に終わります。
日常の所与性そのものに疑問符をなげかけた、キューブリックらしさが最もでた傑作。