7巻の表紙には、まだサトルとまりんが普通に仲良しだったころの絵が使われている。これは心憎い演出であるが、ラストの展開と合わせて考えるとより物語を芳醇で深遠なものへと昇華している良い表紙だ。
楳図先生のマンガはほんとうに良いマンガばかりだが、それらは総じて、・・・「漂流教室」にしろ「イアラ」にしろ・・・わかるひとにはわかり、わからないひとにはとことんわからない、そういうマンガでもあるだろう。よって、この「真悟」も万人に薦めることはできない。泣ける、泣けない云々の広義の「名作」であるとは、とても思えないのだ。
しかし、何か読む人に妙なとっかかりを残す、良くも悪くも腫瘍のような読後感を刻印する作品である。純粋な力動が心に深い傷跡を残して、その痛みだけが妙な違和感を伴って読む者の人生にひっそりと蓄積されるはずだ。業界にも楳図フリークは多いと聞くが、最近のマンガ家の作品で、この作品からの影響としか思えないマンガを多々読んだことがある。「痛み」はこうして確かに受け継がれていったのだろうか。その意味でも感慨深い。
伝えようとした言葉、
伝わらなかった言葉、
伝えることのできなかった言葉。
そして、最後に残ったのは・・・
わたしにとっては、最後のサトルの決意表明ともいえるセリフをマンガ史に刻み込んだというだけでも、このマンガが存在した意味はあったと思う。
「痛み」のマンガ。
だからこそわたしはこのマンガがだいすきなのだ。