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過去に文壇で
『文学は、飢えた子供を救えるか?』
という問いがはやったことがあるそうです。この問いは今でも有効で、食べることが出来ない空想が、役に立つのか?という問題提起です。全てのものを、『役立つか?』という思考に還元するのはどうかとは思うものの、ベトナム戦争やアフリカの飢餓を直面しながら、飽食に飽きる先進国の住民には、誠実な問いだと思います。この問いへの真正面から答えたのは、この本以外には知りません。
解答は、こうです。人間とは、生物としての本能が壊れた生き物であり、その欠落部分を自己幻想欲=物語を生み出すことで、生きている。だから、物語は、飢えた子供を救うことは出来ないが、1日でも飢えを忘れてワクワク過ごすことができる。そして、それは下手をすると一切れのパンよりも、より人間らしく生きるために不可欠なものかもしれない・・・・・。自分の物語のために死を選べるヒトという種族は、食べ物よりもロマンが不可欠なのだ。
彼女の評論は、ある意味冗長だが、その分結論へ至る「思考の過程」を知ることが出来ます。小説家としても大成している彼女が、物語が心の中で生まれてくるプロセスを、微細に事細かに描写していく部分が、とてもエキサイティングです。ある意味現役バリバリの物語作家である自分の心を対象とした分析というのは、かなり貴重なものなんではないかなぁ。
副題に「ロマン革命」とありますが、『文学の輪郭』『ベストセラーの構造』で分析した価値の細分化による共同体の喪失は、物語とロマンの復権を導くだろうと結論付けています。10年も前の作品とは思えませんね。
執筆の際、著者が使用したフラッシュマンについての資料は、著者の
当時五歳の息子さん所有の、幼年向けテレビ雑誌と絵本数冊。
それに、番組のキャラクターデザインをされ、本書のカバー・挿絵も
描いている出淵裕氏が、87年当時雑誌JUNEに連載していたコラム
二回分のみ。
これは、著者が番組を視聴した上で物語を考察したのではなく、
お手軽な資料から得た知識で、「私が考えたフラッシュマン」を
語っている本なのである。
そのため番組ファンからすれば、フラッシュマンに関する記述に
ストーリー把握の甘さ、設定の勘違い、固有名詞の誤りなどが
随所で発見されて、苦笑無しには読めないものになっている。
一応、フラッシュマンから話題が離れた後半の、著者の成育史や、
そこから導き出された創作への強い憧れを語る部分は興味深く、
共感できるところもあるのだが、するとますます、本書のタイトルの
付け方は、何かを間違えているとしか思えない。
結局、中島梓のファン・フラッシュマン関連品のコレクターであるなら
ともかく、フラッシュマンや特撮ファンには、わざわざ読むまでも無い
一冊であろう。
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