・哲学者の文章は、恐らく一般人が言語に対して持っている安心感や疑いのなさ
を疑うところから発しているから、回りくどく確定的なことを言わないことが
多い.
本書も「生きていく上で本当に大事なことには大抵答えがない」ことを前提と
しており、読者に問うことそのものを促しているので、読み終えてもはっきり
したことは教えてくれない.
・昨年夏、ある学術集会で著者の講演を聞く機会に恵まれたが、その内容は本書
の内容の一部を取り出したものだった.講演という媒体ゆえ、著者はより具体例
を選びながら提示し、聴衆と一緒に考えることを試みているようであった.
また、質疑に対しては日ごろ如何に著者が考え抜いているかを教えられるよう
であり、ライブ感を持って哲学を体験できた.
・本書は新書の形をとっており、NHKラジオ講座のテキストを底本としているが、
私にとっては著者の提唱する臨床哲学の最もよき入門でありかつ、これまで出版
されている臨床哲学の諸々のテーマのエッセンスを全て並べてある、美味しい
ところを全て味わえる本という感じだ.
・特に医療人としては、ホスピタリティや弱さ、責任について書かれた章は、仕事
の前提として考えておきたい内容だ.市民という名のクレーマーに成り下がり、
患者なんだから最良のサービスを受けるのが当たり前だという究極の受身主義を
疑わない人々が増えた世において、専門家はサービスするのが当たり前、という
状況は、お互いが病的なメンタリティに突き進む可能性を持っている.
燃え尽きず、自分がクレーマーになっていないか、外部を持たないことを疑って
すらいないのではないか・・