自らADHDであると診断を受けたイラストレーター氏が、日常生活でどんな障害を感じ、どのようにサバイバルしているかが主観的に語られている。ADHD本の中では、かなり異色のものといえる。
同じ一般人の白井由佳「オロオロしなくていいんだね」では、精神面でいかにマイナス思考を消しポジティブになるか、また、気後れせず他人の手を借りよう、などの記述が目立ったが、中山氏は、あくまでも「自力でサバイバル」路線であるようだ。
そのあまりにも具体的かつ詳細な対処法の記述に、男性特有のこだわりを感じないわけにいかない。白井氏の場合は、「まず、ネガティブな自己評価を改めて!」というメンタルな部分がスタート地点だが、中山氏の場合は、もともとそれほどネガティブというわけではなかったらしい。
女性のADHDが「だらしがない」と他人に責められ続け自己評価を低くせざるを得なかったのに対し、男性はそれほどでもなかった、ということの表れなのだろうか。
また、これは中山氏の個性なのかもしれないが、「他人が見たらバカにするようなやり方であっても、とにかくいろいろ試してうまくいけばそれでいい」という合理的精神も感じる。
私は、この中山氏のような合理性こそが、アスペルガーやHSPも含め「生きにくい人々」の目指すべきところではないか、と思う。
「私は○○なのでできないかもしれませんが」とか「私は○○なので免除してください」とかいうエクスキューズを使いつづけて生きていくのが、それほどよいものとは思えない。
「あの人はちょっと変わっているから、いつもそこらじゅうにメモを貼っているけれど、べつにそれだけのことよ」とか、「あの人は集中しすぎるから、いつもタイマーを常備しているけれど、それも個性かしら」というふうに、「それほど生きにくくない人々」の間で普通に暮らしていけること、のほうが、美しいのではないかと思う。
中山氏の生き方は、ひとつの手本になる。