《監督の古橋一浩氏は以下のように語っています。(ザ・テレビジョン2006 No.34 P83より抜粋)
「大人のテイストを持たせた『追憶編』を作ったことで、原作では語られない部分
『人殺しである剣心の責任と、薫との関係がどうあるべきか』
を描き切る必要を感じ、『星霜編』に達しました。
当時、衝撃的な結末とたたかれましたが、
剣心(心太)の本質、薫の最も望むことは何かを突き詰めると
これ以外にはこの作品を結べない、二人の精神の安らぎはないと確信したからです。
それについては、今に至るも後悔しておりません。」》
この言葉から『星霜編』は、『追憶編』で描かれた「キャラクターによりリアルな人間的な内面性を追及した(=大人のテイストを持たせた)るろ剣世界」をきっちり完結させようとして作った作品だということが分かります。「人斬りの罪の償い」という言葉の意味の重さを真正面から受け止め、ただ陰鬱なだけの救われない人生ではなく、薫との深い(痛々しいまでの)愛を描くことで真の意味で報われた人生を剣心に送らせてあげた(もちろん薫にとっても本望であったでしょう)この作品は、まさに「るろうに剣心」という物語における「魂の救済」というような作品になったと言えるでしょう。『追憶編』で罪と深い傷を負った魂は、この『星霜編』でようやく浄化されたのだと思います。原作からは相当乖離した結末に批判の声があるのには仕方がないと思いますが、甘い幻想に頼る事無く、「一つの救いの物語」を目を背けずに最後まで描き切ったことは、賞賛されてしかるべきだと思います。少なくとも近年数ある、ひたすら「泣ける!」と宣伝されまくる実写邦画の何倍も深く感動的な内容です。以上の通り、素晴らしい作品ですので、原作とは別だと割り切って観られる方は観て損はしないと思います。
最後に、ここからは蛇足になりますが。他の方のレビューを読んでいると、「原作のテーマ=『生きようとする意志は何より強い』」と思っている方が多いように思ったのですが、それは少し違うと思います。確かに、ストーリー中にその言葉が重要な役割を果たすシーンがあったのは事実ですが、決して物語全体を通して訴えていたメッセージではありません。最初から最後までよく読めば、「『剣心の十字傷』に纏わるエピソード(⇒贖罪)」が物語上最も大切なテーマであることがよく分かると思います。それを裏付ける事実として、原作者がコミックスの「FREE TALK」で「京都編は少年漫画らしいストーリーを描く為に後から付け加えられたストーリーであり、元々の構想はすぐに人誅編を描いてもっと早くに終わる予定だった」という種の話を語っています。また念を押しておきますが、この『星霜編』はエヴァンゲリオンのように哲学的な内容でもなければ「白抜き文字」も一切出てはきません。強いて言うならタイトルが出る場面がたまたま「白抜き」になるというだけの話です。誤解なさらぬように。