「りんごの涙」という表題ネーミングがいい。りんごの花で布を染めている「りんご園のおかみ」が著者に語ったのが「なみだ色」だとのこと。それを聞いても、聞き流すのが普通の人。この歌人は「りんごの涙」のエッセイが書ける。「花の咲くよろこび、収穫のよろこび。けれどそこに至るまでには、数えきれない涙が流されている」と人知れず苦労していることを推し量る心の優しさ。
「家族への葉書」と題する文章は、学生時代の四年間、福井の実家に宛てて、実によく葉書を書いたという。今読み返してみると、まことに他愛のない内容ばかりであるらしい。お母さんは全部箱に入れて取っておいてくれていたとのこと。この葉書から数年後、短歌を作り始め、角川短歌賞を受賞した。その中に次の一首がある。
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
恋の歌として生まれたそうだが、その元には家族愛があったということが分かる。「この種は、それよりずっと以前、家族にあてた葉書の中にすでに芽生えていたのだなあ」と回想する。
「母と私と台所」と題する文章の末尾は次のようになっている。
「福井の実家に帰省するとき、仕事で父が東京に来るとき、私はいつにも増していそいそと、食事の支度をする。元気な台所、にぎやかな食卓。私にとってそれは、生きていることの嬉しさ、豊かさを最も感じさせてくれる場所の一つである」
俵万智は家庭的な女性であることを垣間見ることができる(雅)