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もう一方の『ゆらゆら帝国のめまい』と同時リリースのフル・アルバム。サイケデリックで本格志向の3ピースバンドというイメージはいとも容易く瓦解すること必至のイマジネーションにあふれたこの作品、まずはポストロックやエレクトロニカ的なアプローチのオ―プニング「ハラペコのガキの歌」で開幕。全編に印象的な女性コーラスを配したり、極端にエフェクトのかかったビート、単に音の1コと化したギターなどが、バンドというスタイルから存分に自由に聴き手を翻弄する。閉塞(へいそく)感に満ちた歌詞そのものもリアルだが、そうした不安感や不条理をサウンド・プロダクションの域に高めているのが衝撃。社会的側面とセクシャリティの見事なまでの共存。(石角友香)
内容(「CDジャーナル」データベースより)
2作同時リリースの意図は“使い分け”。本作は従来の色調強く、されど抽象性とそこからの拡がりは過去に類を見ない。サイケ感高まった先行曲(7)が1曲1枚の変則シングルだったのも論理上では納得するも、感覚は即時的に無間地獄に陥る。濃密な時間の貫通に何を見る? ★
内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
美しく朽ち果て行くものへの憧れと畏れ。この作品が持つ哀しさ強さ美しさはおそらくそういうものからくる混合物である。強烈な魅力を放つ2年ぶりのアルバムだ。三人のアヴァンギャルドな側面を自在に展開した“しびれ”と、叙情性をかつてないほどストレートに浮かび上がらせた“めまい”。ひとまずはそういう区分ができるだろうが、ひとつの作品として2枚を聴き通してみれば、すべてのメロディが闇から生まれた光だということに気が付く。空が白けて深く穏やかな夜が訪れるのをそっと待ち続けているかのような“めまい”の美しい調べが好きで好きで仕方がないが、それ一枚を単独で聴こうという気にはとてもなれない。場末の怪しいネオンに誘われるようにふらっと“しびれ”の扉をくぐって初めてこの物語は始まる。そう思ってしまうのだ。自分の内の柔らかく醜い繊細な部分を刺激し続ける、それでいて大らかなスケール感を持った文句なしの傑作である。抽象を極めた歌詞も相変わらず秀逸。 (平野敬三) --- 2003年03月号