「考えるヒント」とオビに大書されている。小林秀雄賞受賞者の日録である「クオリア日記」を収録した編集者は、平成の「新・考えるヒント」を意識しているかもしれない。依頼原稿ではなく、日々発信していたものだけに、「平成の徒然草」かもしれない。
人生を思索する・音楽で安らぎ躍動する・文芸を論じる…ここまでは、小林秀雄との共通項をもつが、次からが違う。「脳科学」の分野に分け入り「心の哲学」を論じる。今更何をか況や知る人ぞ知る著者のこと。「やわらか脳」と名付けられた本書の脳回路にさまように如くはない。専門書ではないから、通覧でも拾い読みでもいい。章立てしていても、これは編集者が交通整理したようなものだと推測する。スカな時代に悩む・虫の世界は脳を鍛える・旅に思う・この世のさまざまなことに反応する。これらをテーマにしていて…この人にとって何が一番大切であるかと言うに
「個別」にこそ「普遍」が宿る。
数多い柔軟な思考の様相を活写した本書の中で、特に印象に残った言葉である。蛇足的に言えば、青年期の抽象論者から中年期にさしかかり、「自分の足元」を大切にする〈悟り〉とも〈諦め〉ともいうものに到達しているようだ。小林秀雄の言うようにこの人もよりよく「人間」に近づいている。