みうらさん、わりとファンです。だから、この本のもとになった経験のいくつかが、ふくらませ方によっては大娯楽小説になったのではないかと、惜しまれます。書いていて、ご自身で照れくさくなって、早く切り上げてしまいたくなり、中篇になってもいい題材が超短篇で終わってしまうのでしょうね。お気持ちはわかります。どうしたらよいのでしょう。
愚にもつかない意見を申しあげます。これだけ多くの体験を続けられると、「もういいや」という気分になるはずです。本書の中の言葉を借りれば「出家してしまう」ことになっていても全然おかしくありません。しかし、現実のみうらさんは、坊さんではない。とすれば、過去のどこかに「宝石のような瞬間」があったとしか考えられません。
菩薩には、おそらく地獄巡りの途上でこそ出会うものでしょう。読者はその瞬間をこそ描いてほしい。そうは考えられないでしょうか。