祖母の蕗さんのことを、孫娘の有加が回想のかたちで語る物語。
大女優だった蕗さん。35歳で有加の父・舟を未婚のまま生んで、電撃的な引退をする。
有加の両親が離婚し、有加の母と有加が、蕗さんの住む古い洋館に
転がりこんだのは小学4年の終わり。
蕗さんのまわりに集まる人々は一見風変わりで、それゆえに魅力的な面々。
蕗さんの女優時代からのつきあいのある独特の空気をまとった人々で、
有加はそんな大人たちに見守られながら育った。
古い洋館。庭に咲く野性味をおびた薔薇とその香り。
女優とそのまわりにつらなる人たち。未婚の母。
魂の母娘のような絆で結ばれた嫁と姑の関係。
大人のなかで育つこと。
そういった一風かわった世界を背景に、蕗さんにまつわる思い出が語られ、
父・舟の死が語られ、母の胸中が語られ、私の恋と結婚、それからが重ねられる。
有加がまわりの人々にどれだけ大事に思われて育ったかがわかるエピソードとして、
ミラさん(蕗さんの衣装デザイナーだった人)が有加のために拵えた
ウェディングドレスの件は、まさに圧巻。
思いの丈をこめた素晴らしいドレスにうっとりさせられる。
穏やかに語られながら、蕗さんにも言い尽くせない葛藤や愛憎、女優という立場ゆえの煩悶は
もちろんあったのだ。みなひっくるめて呑みこんで、納得ずくで生きた蕗さん。
蕗さんのまわりの人たちの人生も折に触れて語られ、どの人の生き方もどこか哀しく
なぜか愛おしく誇らしいものとして胸にすとんと落ちてくる。
生きること。目覚めない朝が来るまで生きることは、自明の理だが、
人生とはなんと不思議にみちた、不条理で融通のきかない、それでいて
輝きもし匂いたち、触れることのかなわない美しい時間の連なりであることか。
命を全うすることの尊さが胸に沁み、物語の余韻が心地よかった。