阿川さんは私より10歳少々年上であるが、
独身なだけあって文章の端々にほんのり初々しい香りがする。まあ「姉の独り言」
を横から聞いているような、そんな感覚がする。
このエッセイの内容はごく日常的な買い物の話と食べ物の話である。
なぜ買って帰りたくなったかというと、後書きの「愛」についての話が
心に残ったから。
それはこんな話。
だから私は「愛している」と言われたら、「大切に」思って
もらったのだと解釈することにしている。そして私が「愛している」と
いう言葉を発するときは、心の中で「大切なのよん」という思いをこめる。
私の「愛」は同時に「もったいない」と訳すこともできる。はたまた
「捨てがたい」という意味も含む。愛は長い時間をかけて発酵、熟成させる
ものである。たまにカビが生えたり腐ったり変質したりすることもあるが、
それは愛の結晶と思って受け入れればよい。愛は壊れたり傷ついたりを
繰り返しながら、真実のものへと昇華していくのである。
美しい文章だ。久しぶりに「自分の言いたいことを言ってもらった」
感じがした。
学生時代はこういう気持ちを自分のコトバで文章にしたくて大いに悩んだ
こともあったのだが、
今「阿川佐和子の言葉はいいな」と素直に思うのは大人になったから
かしらん?
阿川さんの「愛」は広くて深い。生活する
ことの隅々に愛が満ちている。生まれてから50年以上、大切に生きてきた
からこんな文章が書けるんだろう。
だから、自分も愛を大切にしなければいけないと思う。
これが、家族愛であったり、一食一食を疎かにしないであったり、
もちろん音楽や映画にも愛情はたっぷり注ぎたいものだし、熟成に
失敗している愛もなんだかありそうだ。酒も愛してる(笑)
何にせよ、愛は世話をかけないと成長も熟成もしないと思うのだ。
それには究極的には、自分がマメに元気良く生きることがとっても
大切ってこと。
40歳を過ぎて年毎に「人生折り返した」感が深まっていくのだが、
熟成のための手間は日々怠ってはいけないと思い直す。「姉の独り言」が
頼もしく感じられる。