全くないわけじゃないけれど、堀江敏幸の小説で、女性が主人公なのは珍しい。
全く作風が変わるわけではない。離婚して、別に暮らしていた父の遺品である“黒い背にすり切れた金文字の商標が入っている厚手の大学ノート”を広げると、もちろんそこには、隠された出生の秘密や謎の女性の影……といったものは何もなく、読者は期待どおりの堀江ワールドに誘われる。すなわち、小学校時代、鍵のかかる木箱に納まっていた黄色い貸し傘、学級閉鎖の日にひょうたん池に落ちた少年、完結しないまま版元が倒産した百科事典、造り酒屋の美味しい水で煎れた緑茶と豆大福、濡れたハンカチのしまい場所に、うどん屋で飲むエスプレッソ……
主人公の蕗子さんは四十歳くらいの、会社勤めをしている独身女性なのだが、作中全くといっていいほど恋の話がない。これって小説としては珍しくないですか?でも、日常生活ではリアルじゃないですか?学生時代はあんなに恋愛の話をしていたのに、最近恋の話はしなくなって、実際何もなさそうで、まじめなのに時々妙にかわいいというか、色っぽい感じのする女性。冷え性で、長湯した夜更けに、アッサムのロイヤルミルクティーを自分ひとりのためにいれて飲みながら、さまざまのことに思いを馳せるような。
ああそうか、上司である蕗子さんを何の違和感もなく“蕗子さん”と呼ぶ若い重田君と、いい雰囲気になっていくのかなあ……と想像しつつ、あ、作者に愛されているんだ、とふと思う。きまじめで人のよい蕗子さんは、いつも作者のあたたかいまなざしに背後から包まれていて、それで何がなし色っぽいのかな、と。
一章ごとに余韻が漂う。初出の毎日新聞日曜版ではどんなレイアウトだったのか気になる。