第1章は定期的に溢れる水を湛える、幻想的なみずうみを中心とした、いしいしんじワールド。
白いこびとカバのようなやわらかな生き物ジューイ、
記憶や風景や思いなど、様々な物を溢れる水に乗せて伝え拡げてゆく、湖畔のハンモックの中の深く眠れる語り部。
記憶の水先案内なのか、鯉守の家とそれを受け継ぐことになった少年。
目に見えないものや、流動的に一定の形を成さない記憶や思い、それらを象徴し司ってゆく事柄が描かれる。
第2章ではそれは現実に近いタクシー運転手の姿や日常を借りて、過去未来に緩やかに隅々まで巡っている
帯のような時間の地下水脈を伝って、裏町の売春宿で溢れ出す。
僅かに揺れる薄地の帳が仕切っている沢山の思いも描かれる。
第3章に描かれるのは作家自身とその妻や友人達を想起させる人々。
作家やその周りの人々が現実に行動したり動いたりした場所、時間、起こった象徴的な出来事・それらの記憶、形にならない思い、その意識の中を
様々な感情や記録を孕んでコポリコポリと溢れ出る水、出現するみずうみ。
第1章で現れていた様々な事柄や人々(或いはそれが託されていた役割)が
一方向に収斂して思いを形作ってゆく。
それらの根底に意識されるのは、目に見えなかったり、形になっていなかったとしても、
確実に存在していた事柄・物・人・現象、それに対する記憶、思いの肯定であり、畏敬の意識であり、オマージュだと思う。
今までの彼の作品世界をベースに、モチーフを現実世界にもリンクさせ、大きな共感と共に、新しく作品の振幅が広がった気がする一冊。