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「中学のころから、ひとと出会うときは、とりあえずまるごと好きになる、というふうになってきた。」という一文があります。これがタイトルになっています。自分自身も含め、良いところも、苦手なところも、それぞれ違うけれども絶対にある他人とどうやって友だちとして繋がっていったのか。著者の場合はこれが秘訣だったといいます。ほんとうに「好き」というのは「嫌いな部分も含めて好き」という、とっても不思議なことなのかも、と改めて考えさせられます。
でも、友だちの作り方、でき方って人それぞれです。著者のお友だちの場合、も幾つか語られているので、「いろいろな友だちのつくり方、友だちのありかたがある」でいいのだとも本は伝えてくれます。読んで、「じゃあわたしはどうなんだろう」と考えてみること、が大事なのでしょう。
友だちの話だけでなく、授業中に間違った答えをした時に先生が上手に受けてくれたのか、かえってしっかり身についてしまったことなど、素敵なエピソードもいくつも転がっています。
著者の、人間以外との付き合いかたというのも書いてあり、これが彼女の詩のできかたなのか、と少し理解できた気にもなりました。引用されている「のはらうた」の「いのち」はわたしも大好きです。
大人も、「ああ、そういうこともあるんだよね」と楽しめる本。
どうして気持ち良かったかっていうと、自分が受け入れられている感覚が心地よかったんだと思います。帰国子女の母をもつ私は、「いいな、帰国子女は。だって、帰国子女っていうだけで、違っててもいいって理由が有るもん。私なんて、そういう母の子だから、違うけど、日本人のくせに、って違ってたらいけないって非難されるばっかりだもんね。」という鬱屈した思いを抱いていました。
工藤直子さんは、そんな感覚に無縁の感性で、新しい世界の見方をポンって投げてくれました。
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