約10年前に予備校で著者の授業に心酔した一人です。数々の雑談からにじみ出ていた教養への誘いを鮮明に覚えています。
昔の記憶を大きく裏切り、本著の骨子は極めて保守的と言っていいものだった。政治色は少なく、教養がちりばめられた道徳論という点ではPHP新書かと思うほど。若干政治色を帯びるのはいわゆるバックラッシュに属する主張で、フェミニズムの評価については運動とその理念とを混同している面があると思えた(フェミニズムへの評価がこの本の主旨では全くないのだが)。上野千鶴子や小倉千加子の言葉遣いや品位のなさをあげつらうのは、自身の感性を女性一般の感性に押し拡げそれを根拠に柳沢大臣の発言をやり玉にあげる女性論者の思考にも似てしまう。批判はもっと上野個人の思想や小倉個人の思想へ向けて行わなければなるまい。自分と異なる主張を持つ者に対してこそ、その思想の根幹へ向けて批判を行うべきではないか、というのが10年前の師に送る言葉である。
しかし実際の氏の人柄を(本当に僅かだが)知る者にとっては、いわゆる骨の随からの保守思想とは最終的には相容れないようにも思える。敵が同じであるからといって同質とはならないのが思想であろう。批判の中心となる軽薄短小な面白主義というのも多くは著者自身へ向けられた言葉であり、自らの実感に依拠するという方法は、じつは極めて個人主義的なものだ(日本の社会では実感がそのまま「公」たりえてしまう場合も多いが)。日本社会に批判的でかつ非常に個人主義的な方向を押し進めた先にある保守思想という点では、小林よしのりなどとも近いものも感じる。