88年16歳で中野に上京下町グルーヴを満喫してしまった。バンドブームが過ぎ、洋楽レトロスペクティブが過ぎ、キューバ音楽と出会いなのに絶望の時代を迎えてしまった。曾てスライダースフリークと呼ばれた人達はこのアルバムを聞かないだろう。自分にしたってこんなに永い付き合いになると思っていなかった。いや、ずっと一緒だったわけでない、出会ったのだ。清志郎が亡くなり、東日本壊滅の後に東京下町の、東京郊外のあの風景に、39歳にして再び出会ったのだ。ドラッグに頼らず、放射線を避けながら、被災地の夜空、鹿嶋の夜空をムーンライトギターに照らした。