市川崑監督の手になる“雷蔵三部作”中の一編。三本中最も小粒な内容ながら、今回見直してみて一番楽しかったのがこれでした。
変な比較かもしれませんが、ストーリー的に言って、これってトーマス・マンの“ブッデンブローグ家の人々”や、ヴィスコンティ映画にも通じる一種の“滅びの歌”のはずなんですが、なぜか悲劇として描かれていません。理由を色々考えてみるに、主人公喜久ボンの何とも言えない人間的魅力に依るところが大きいと思います。 強烈な女系家族に生まれた喜久ボンですが、若い頃から祖母や母親のやり方に内心大いに不満を抱えていたことは間違いがないと思います。 また、彼の才覚を持ってすれば、因習やしきたりなど打ち破って、家政を思いのままに取り仕切ることもできたはず。ただ、彼は決して祖母や母親を泣かせるようなことはしませんでした。その反動として女遊びに走った訳ですが、計算高い彼女達にもきちんと紳士的に振る舞っています。そんな喜久ボンの本当のエラさに気付いていたのが女中のおトキさんでした。おそらく彼のことですから彼女の気持ちにも気付いていたことでしょう。何も言わずに彼女の好きなようにさせています。あくまでも飄々と、何事もなかったかのようにー。 これ、一種の“男気”の物語だと思います。
目が覚めるほど美しい色彩、生気溢れる女優陣、日本家屋のデザインを生かした画面、純日本風の映像に流れるジャズ調の音楽、などなど、本当に贅沢で見所いっぱいの作品です。こんな名作がなぜ公開当時、キネマ旬報のベスト10に入らなかったのか、不思議に思って調べてみたら、その年の1位は同監督の“おとうと”だったのでしたー。 でも、こっちも今こそ再評価を!